小説

『鼻の居所』あおきゆか(『鼻』ニコライ・ゴーゴリ)  

 そして、絵具箱から白い絵の具を探し出した。だが、その白い絵の具チューブを取り上げたとき、妙なことに気がついた。このまえ見たときには半分ほどに減っていたはずの中身が、新品のように膨らんでいるのである。しかもその膨らみたるや、太った中年男の腹みたいな形をしているではないか。さては空気でも入ったのかと、そっとチューブをしぼってみた。しかし固まっているのか、なかなか絵の具は出てこない。私は力を入れてもう一度チューブをしぼった。
 ようやく絵の具が頭を出した、と思ったら何かがはじけるような音がして、かたまりが出てきて床の上に落ちた。
―なんだろう、これは!
 私はおそるおそるそのかたまりを拾い上げた。それは固まった絵の具とは違う妙な弾力があった。
―こいつは、粘土かなにかだろうか・・・。
 よくよく見ると、それは人間の鼻そっくりの形をしていた。しかも、私にはその鼻に見覚えがあった。
―なんてこった。こいつはコワリョーフ氏の鼻じゃないか!
 私はあやうくそれを取り落しそうになった。鼻のやつ、コワリョーフ氏の顔になどにはいられないと、ついにそこから逃げ出してしまったのだろうか?しかもあろうことか、私の絵具箱の中に?
 私はすぐさま窓を開け、鼻を投げ捨てようとした。だが、ちょうどそのとき、窓の下を近所の人間が通りかかって、不審そうに見上げているのに気がついた。私はまた鼻を持って部屋に戻った。だが、もはや一刻もこの鼻を持っていることに耐えられそうになかった。
 それから私は一時間ばかりも煩悶した挙句、ようやく「それ」を隠すのに「もっともふさわしい場所」を思いついたのである。
 私は絵を梱包すると大急ぎでコワリョーフ氏の屋敷に届けた。
 

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