小説

『プラネタリウムの空』中野由貴(『シンデレラ』)

ポケットに入れていたチラシから解説の声が聞こえる。主催者が参加者一人ひとりをチェックしながら、各人の疑問や要望にこたえられるようにしているのだ。
「お父さん、お母さん」
 声にならない声を出して、私はその影を追った。よそ行きの帽子をかぶった父の影とワンピースを着た小柄の母の影が仲良く寄り添って歩いている。その隣に少し離れて歩くあの時の私がいる。私の姿だけは影ではない。当時の私の後ろ姿だ。さすがに自分の姿となると忠実に出てくるようだ。
 父と母の二つの影と、かつての私の映像が、洋食屋の中に入る。お昼どきで混雑する中、ちょうど四人がけのテーブルが空いていた。私は二つの影とかつての私を追いかけた。これは私の記憶の中から呼び起こしたもの。現在の私が声をかけても反応することのない映像。何も変えられない過去の姿だ。
「いらっしゃいませ」
 ウエイトレスは私のことがわかるようだ。
「お一人様ですか?」
 私はウエイトレスの声も聞こえず前方に座る、私の家族を見ていた。
「相席になりますが…」
私が案内されたのは、父たちが座るテーブルに、ひとつ空いている椅子だった。
 過去の私と、現在の私が並んで座る。そして向かいには影の両親が座っている。
「ご注文は?」
 ウエイトレスは、私とも、この前に座る私の記憶の中の家族とも普通に話をする。なのに私と、目の前の一人と二つの影との間にある境界線。まるで膜が張ったような。父と母のふたつの影と昔の私は、私に気がつかないのだろうか。
 せめて父の顔と母の顔がはっきり見れたならな、と思った。
「オムライス三つ」
 目の前の父と母とかつての私は、オムライスを注文した。父はビールも注文していた。ウエイトレスが伝票に書き付けている。あの日のままだ。
「お客様もお決まりですか?」
 ウエイトレスは、次に私に話しかける。
「私も、オムライスを」
「かしこまりました」
 あの日、私の隣には誰か座っていたのだろうか。
 

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