小説

『泥田坊』化野生姜(『泥田坊』『鶴巻田』『継子と鳥』)

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とーんとむかし、一人の女が田んぼの泥に浸かって稲の苗を植えておった。
女は本来美しいはずの顔を泥にまみれさせ、それでも構わずに必死に苗を植えていた。女は姑にいじめられていた。夫と同居したいのなら日が沈むまでにこの田んぼに稲を植えておいでと、そう女は姑に言われていたんだ。

そうして女は広げた両足から逆さになった空を見て、太陽が随分と下に沈んでいることに気がついた。女は悲しみに沈んだ。このままでは間に合わなくなってしまう。いつの間にか、女はぼろぼろと泣きながら股の下から両の手を合わせると必死に太陽を拝んでいた。

“お願いします、沈まないでください。お願いですから、お願いですから…。”
すると、周りがほんの少しばかり明るくなった。
そうして女が目を開けると、太陽がほんの一寸ばかり上のほうに昇っている。
“良かった。お天道さんが、願いを叶えてくれたんだ。”
女は涙の筋を残しながら喜ぶと、必死になって残りの苗を植えきった。
そうして女が最後の一株を植えると、そこには青々とした稲の苗がぐるぐると渦を巻いて植わっていた。

女は嬉しさに涙を流しながら、もう一度太陽を拝むと残った涙を拭って姑の待つ家へと帰る事にした。そうして一歩、田に足を踏み出したときだ。
ずぶりっ
あっという間の事だ。
女は田に飲み込まれ、死んでしまったのさ。

「これがこの地域に伝わる『鶴巻田』という伝説だよ。」
教授が車に置かれたモニターを見ながら私に向かって話しかけてきた。
私は田んぼの水面を動く小さな芝刈り機のような水中ソナーのリモコンをいじりながら教授の話を聞いていた。
五月の中頃、すでにこの地域では田植えが終わり、周囲の田んぼには青々とした苗が植わっていた。
だが教授の目の前にあるこの田んぼには苗が植わっておらず、水田はきれいなままだった。その田んぼは家一軒くらい建てられそうな面積で、周囲には四角く渡されたしめ縄とお神酒の添えられた祭壇が置かれていた。
 

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