小説

『心霊写真、以前』原田修明
(inspired by 小説『もらい泣き』)

「も、もちろんです。でも水着は……師匠の許可がないと」
「ダメだ」
「ですよね」
「ちょっと、何でホッとしてんのよ」
 病室に、軽やかな笑い声が生まれる。
 ほんの少しの間、あと何回笑えるのか、考えずに済んだ。

 梅雨に入り、窓の外では穏やかに雨が降り続けていた。夫はあたしの右手を、ゆっくりとさすっている。ぼんやりと、心まで溶けて流れていきそうだった。
「人が死ぬの、見たことある?」
 手がぴたりと止まった。
 何の気なしに、こんなことが聞けてしまう。たぶんそれが、だんだん近づいているからだと思う。
「あるよ」
 しばらく眼を閉じてから、ぽつぽつと話してくれた。
「俺たちはどんなに悲惨な光景でも、地震の被災地や飛行機の墜落事故現場やなんかで、写真を撮らなきゃいけない。仕事だからな。けれどほんとうに、眼の前で人が死ぬのを見たのは、一度しかない」
 聞いたことのない話だった。
「ヒマラヤの登山隊に、同行取材に行ったことがある。五十メートルの氷壁を、ロープとピッケルだけで登らなきゃいけないところがあった。俺は壁を登っていく登山隊を、下から撮りまくっていた」
 あたしは黙って、先をうながす。
「先頭の男にピントを合わせたとき、そいつが落ちた」
「えっ……」
「落ちていくそいつを、ファインダーに収めたまま、無意識のうちに追っていた。地面にぶつかるまでな」
 言葉が出なかった。
「即死だった」
 痛々しい顔で、口が閉じられた。
 胸が詰まる。夫がそんな思いをするのは、あたしできっと二度目になる。でも、あたしが最後に見るものは、夫であってほしかった。最後まで、あたしを見ていてほしかった。
「痛いの、やだな」
「……そうか」

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