読みかけの本を取り出そうとカバンに手を入れると、昨日岡本にもらった写真に手が触れた。わたしは思い出したようにスマホを取り出し、検索画面に『Shoot the moon 意味』と打ち込む。岡本が言っていた英語の意味を調べてみようと思い立ったのだ。
『Shoot the moon 』訳語 1 月を砲撃する〈俗・比喩的〉高望みの意
2 ほとんど不可能なことを達成する
わたしは思わず吹き出した。『Shoot the moon』とは月の写真を撮ることではなく、月を撃ち落とそうとするような間抜けな人のことを表していたのだ。わたしの頭には、月を砲撃しようと身構えて、毎日夜空に向かって必死に手を伸ばし続けている岡本の姿が浮かんだ。
次に岡本に会ったらまた馬鹿にしてやろう。そう思ってスマホをカバンに仕舞った。窓の外を眺めると、枯れた木々が再び色をつけ始める準備をしていた。
大学が始まるまでは、つかの間の自堕落な生活を愉しんだ。大抵は友人たちとカラオケやファミレスに集まったり、翔太とデートしたりして時間を潰した。
「急に押しかけて大丈夫かな」
「お母さんしかいないし、翔太なら平気だよ」
デートの帰り際、翔太はわたしを家まで送っていくと言った。断るわたしを他所に、彼は『真剣に付き合ってるし、お母さんにもちゃんと挨拶しておきたいんだ』と譲らなかった。
翔太は優柔不断で物事を考え込んでしまうわたしの手を取り、強引に知らない場所へ連れて行ってくれる。何より彼と共に歩む未来を想像すると、ようやく母親の影から解放される気がするのだ。
住宅街を抜けるといつもの公園の入り口にたどり着く。ふいに、この公園に来るのもこれが最後かもなと、感傷的な予感が頭をよぎる。
「ねぇ。良かったら公園の中を通って帰らない?」
「ん、何かあるの?」
「ううん。もうすぐ春だし、自然の中を歩くのもいいかなって」
わたしたちは公園の緑道を手を繋いで歩いた。静まり返った野球場を一周し、長い階段を登り切って広場を見渡すと、岡本はいつもの滑り台に寝転んでいた。
岡本もこちらに気づいた様子だったが、ファインダーから視線を外すことはない。一方で翔太も滑り台でカメラを構える岡本を好奇の目で見ていたが、結局わたしは切り出す言葉を見つけらないまま岡本の横を通り過ぎてしまった。
「あのカメラ持ってる人、志保の学校の制服だったよ。もしかして知り合い?」
「知り合いってほどでもないんだけど……ごめん、ちょっとここで待っててくれる?」
わたしは翔太を広場の出口に残して、岡本の方へ引き返した。
「まだいたんだ」
「なんだ、戻ってきたのか」
「ずいぶん久しぶりよね。言ってなかったけど、わたし大学に合格したよ」
「そりゃおめでとう。ところで、さっきの筋肉マンみたいな奴は彼氏?」
「殺すよ?」
「冗談、冗談。でも、これでめでたく退屈な大学生活の始まりだな」