「華々しいキャンパスライフって言ってよね。大学行ったらもうあんたとは会うこともないだろうから、わざわざ来てやったのに。そっちは進路決まったの?」
「ああ、専門行くよ。バイトして入学費稼ぐって言ったら親が折れた」
「そう。なら、そっちも良かったじゃん……。じゃあ、彼も待たせてるし、わたし行くね」
岡本は最後までファインダーを覗き込んだまま、こちらを見ることもなかった。わたしは滑り台に背を向けかけたが、言うべきことを思い出し振り返る。
「あ、そうだ。あんた、『Shoot the moon』の意味だけど……」
そこまで言って、言葉を止めた。カメラから視線を外した岡本の目が、以前見たのと同じく哀しそうに曇っていたからだ。このままわたしが本当の意味を教えたら、彼はここで写真を撮ることを辞めてしまうんじゃないかと思えた。
「ごめん……やっぱ、いいわ。じゃあね」
それが、岡本を見た最後の姿。あれ以来、専門学校を卒業したのか、カメラマンの仕事に就けたのか、彼に関することは何一つわからない。
「おっ。これで正規のルートに戻ったぞ」
私たちの車は狭い住宅街の中を二十分もぐるぐると彷徨った挙句、結局は渋滞の道に戻ってきた。喉元まで出かかった夫への不満を、砂粒を飲み込むように押し殺す。
私はもう何年も自分で車を運転していない。行き先を決めるハンドルは翔太に任せて、助手席に座っている人生を私は選んだのだ。
ビルの隙間には依然として大きな月が都会を照らしている。私は膝に抱えていたカバンに手を入れて、ざらついた紙の触感がそこにあるのを確かめた。夫には見えないように折りたたまれた写真をカバンの中で広げ、改めて見つめ直す。そこに写っているのはあの頃と変わらず暗闇にぼうっと光るオレンジの球体だけ。なぜこんなものを捨てられずにいるのか自分でもわからない。しかし、古い折り目をなぞるように触れていると、不可逆な流れに逆らうことなく生きてきてしまった時間の重みに押し潰されそうになった。
「おっ。やっと流れ出した」
車は生気を取り戻したようにゆっくり動き始める。窓の外を見ると、そこにはバッティングセンターがあり、緑色のネットの中で白い野球ボールが盛んに飛び交っていた。
私はもう一度だけ、あの月に自らの手を伸ばしてみたいと叶わぬ夢を願うのだった。