わたしはスマホのカメラを起動し、極端な連写で夜空の月を撮った。
カシャカシャカシャカシャ……
無機質なシャッター音が狭い広場に響く。
「いや、うるさいな。集中してるんだから静かにしてくれよ!」滑り台から体を起こして、岡本が怒りの声をあげる。
「あーごめんごめん。地蔵みたいに動かないから気にしてないかと思って」
「邪魔をするならここには来ないで欲しいね」
「あんたの公園じゃないでしょ。それより、ほら。スマホだって案外綺麗に撮れるじゃん」
「どれ……」訝しげな岡本にスマホを差し出すと、彼は高速でスワイプしながら月の写真を眺めた。
「やっぱスマホなんて全然ダメだな。ゴミ写真」
「は? じゃあ、あんたが撮ったやつ見せてよ」
「フィルムだから無理」
「え、それデジカメじゃないの?」
「違うよ。高いフィルムを買って、現像だって自分でやってる。デジタルと違って一枚が貴重だから、ここぞという時にだけシャッターを切るんだ」
「めんどくさ。撮れれば一緒でしょ」
「全然違う! デジタルってのは表現できる色の数が限られてる、つまり情報量が少ないんだ。一見しただけじゃわかんないと思うけど、月の光みたいに繊細な輝きはデジタルじゃ絶対表現できないの」
理屈っぽい岡本は学校の人たちから見下されていた。人は人を見下すことに快感を覚える。わたしが岡本と馬鹿な話をする時間に、日々の楽しみを見出していたように。
でも、本当に見下げられるべきは友人にも母親にも何一つ本音を言わない私の方だったのに、と大人になった今は思う。
「あれ? ナビの通りに来たのに変な住宅街に入っちゃったな」
「また迷ったの? だから言ったのに……」
もう長いこと夫婦で過ちを認め合い、それを笑い合った日はなかった。
「佐々木さん、明日試験でしょ。もう帰って休んだ方がいいよ」自習室に籠るわたしを見兼ねて、講師が声をかけてくる。
冬が街を冷やし始め、あっという間に試験本番も目の前に来ていた。わたしは朝から赤本と格闘し続け、気づけば外は薄暗くなっている。最近は遅い時間まで予備校で過ごし、公園で岡本に会う機会も自然と少なくなった。
「じゃあ少し早いけど、今日はこの辺にしておきます」
「試験、頑張ってね!」
2月の空気は氷を押し当てたように冷たく素肌がヒリヒリと痛む。住宅街を抜けるといつもの公園が現れるが、あまりの寒さに寄り道するのを躊躇してしまう。試験に備えるべきだし、この寒さでは流石に岡本もいないだろう。そう思いながらも、気づけばわたしは長い階段を必死に登っていた。