この女は、三日間どんな話をするつもりなんだろう。その三日間が終わったらどうするつもりなんだろう。
『俺でよければ。明日、七時に〇〇駅近くの「レイン」っていう喫茶店で待ってる。目印は小さなクマのぬいぐるみ。テーブルの上に置いておく』
初回特典のポイントを使ってメッセージを送る。この女もサクラかもしれないが、ちょっとした暇つぶしくらいにはなるだろう。
次の日の昼休み、ポケットの中でスマホが振動した。アプリが、ユリから返信があったことを知らせている。
『ありがとうございます。私の目印は鞄にリンゴのキーホルダーです』
リンゴねぇ。ますますこの女が分からない。
「お、どうしたんだよ。にやにやしちゃって」
岡島が隣の席から身を乗り出して、スマホの画面をのぞき込む。慌てて消して「別に」と誤魔化した。
「今度さぁ、彼女が弁当作ってくれるんだって。そういうのって幸せだよなぁ」
そう言いながらコンビニ弁当をつつく岡島を見ても、なぜだか今日はあまり苛つかない。鞄にリンゴのキーホルダーをつけた女の姿を想像することのほうが忙しかったからだ。
「レイン」はいつも空いている。
大通りから外れた路地裏という立地、無愛想なマスター、客を拒むような外観、悪いところはいくらでも思い当たるが、俺はここが好きだった。なぜなら、美味いコーヒーを出すから。席に着いて、本日のオススメを頼んだ。
鞄からクマのぬいぐるみを取り出す。サイズは十センチほどでそれほど大きくはないが、三十を越えた男の持ち物としては異彩を放っていた。しかし、仏頂面のマスターは一瞥しただけで、黙々とコーヒーを淹れる作業に集中している。こういうところも、この店の好きなところだ。
カラン、とドアベルが鳴る。視線をやると、ベージュのトレンチコートを着た眼鏡の女が、キョロキョロと店内を見回していた。あれか? クマのぬいぐるみをさり気なく通路側に押し出すと、それが巧を奏したのか、「あ」という顔をして、女が歩み寄ってきた。
「ユリです。すみません、遅れちゃって」
「あ、そうです」
鞄をおろすとき、ちらりとリンゴのキーホルダーが見えた。赤いプラスチック製のひどく可愛らしい、チープな作りのもので、大人の女には似つかわしくない感じがした。
「分かりにくかったでしょう、ここ。でも空いてるし、コーヒーは美味いから」
「そうなんですね。あ、私も同じものを」
俺のコーヒーを運んできたマスターに、ユリがオーダーした。マスターは返事をするわけでもなく、カウンターの中に戻って、また黙々と作業を始めた。
目の前に座った彼女を改めて観察する。
黒いセルフレームの眼鏡で隠されてはいるが、顔立ちは整っている。だが、そこには華やかさや生気といったものがまるっきり抜け落ちていた。諦めを貼り付けたような表情で、どこか投げやりな印象を受ける。長めの黒髪をひっつめにし、前髪を斜めに流してピンで留めていて、まるで就活生だなと思った。
「で、さっそくだけど。三日間で君は何をしたいの?」