聡はスタッフにお礼をし、空いている席を探した。木製のテーブルとソファーが並んでおり、多くの書籍と絵画で飾られている。ラウンジにいる宿泊客は数人程度。飲み物を片手に優雅なひとときを過ごしている。
聡は空いているソファーに行くと、テーブルを挟んだ目の前に仕事中の女性が座っていた。何やら資料を確認しながらノートパソコンに文字を打ち込んでいる。化粧っけはないが目は大きく、モデルのような整った小顔にすらりと伸びた足が印象的だった。パソコンと睨み合う仕草を見ると出張中のビジネスウーマンといった所だろうか。
聡は前の席を使っていいか訊こうと声をかけた。
「どうもすいません」
「きゃあっ」
女性は聡の声に驚き、持っていた資料を落としてしまった。
「おや、ごめんなさい」
聡は、前にかがんで資料を取ろうと手を伸ばした――瞬間、
『バサバサバサッ』何かが散らばるような音が聞こえた。
「むっ?」聡は後ろに顔を向けると、背負っていたリュックのカバーが開いていた。そして大量の原稿用紙が入ったA4サイズの茶封筒に、着替えの服やお菓子など、一瞬にして中身が床に散らばってしまったのだ。
聡は前にかがんで手を伸ばしたまま固まった。
さきほど受付で名前を書いたとき、リュックのチャックを閉めるのを忘れていたのだ。女性は口を開けながら床を見る。彼女が落とした資料の上に、聡の原稿用紙が散乱していた。
「うわっ、ごめんなさい」
聡は急いで膝をつき、資料と原稿用紙をかき集める。
「ちょっと、何してるのよっ」女性の甲高い声が聞こえた。
「すいません、これは僕ので……ん? 早瀬、あさごろも……変な名前だな」
「『麻衣』よっ、マイ! 私の名前!」
「ああ、なるほど。イイお名前ですね」
「勝手に触らないでよ、書類がバラバラじゃない」
「大丈夫です、すぐに拾いますから。えーと、これが水色の封筒で……ん? 早瀬、あさ……?」
「私のだってばっ! 見ないで、よこして!」
早瀬麻衣と名乗る女性は紙を奪い取り、テーブルにガンガン叩きつけてまとめ、A4サイズの水色の封筒にしまった。聡も自分の荷物を急いでリュックに詰め込みチャックを閉めた。散らばった用紙もまとめて自分の茶封筒に押し込んだ。
「これで、よしっと」
「全然、よくないわよ。せっかく終わる所だったのに……」
「あのう」
「何よ?」
「ここ座ってもいいですか?」
「ダメに決まってるでしょ。ったく、どういう神経してるのよ」
「この椅子は予約席ですか?」
彼女は周りを気にし始めた。数人の客がこちらを見ている。
「いえ……違うけど」
「じゃあ、失礼します」
聡は茶封筒を片手に麻衣の目の前のソファーに腰かけた。
「何なのよ……他にも席あるじゃない」
「ここのテーブルが一番大きいんで執筆しやすそうなんですよ」
「勝手にすれば」
「こっちから半分は僕が使いますんで、そっちから半分は麻衣さんが使ってください」
「……ねえねえ」
「はい?」