「それは人にもあてはまると僕は思って、この世界のすべての人の関係は、ある原理によって決められていたらどんなにいいだろうと最近ふと考えたりしてね」
「ある原理ですか」
「そう。つまりそれはなにかというと、敬意でね」
「敬意」
「うん。お父さんの制服の話で確信したんだけど、このホテルには、人と人との関係、つまり人と人とが響きあって生まれる、あるメロディーみたいなものが流れているんだよね」
「その音の原理が敬意」
「その通り。それは素晴らしく美しいストリングスでもって、お客さんを讃えているんだ。人はその空間にいることで、必要のない人間はいないんだと、そう感じることができるんだと思うんだよね。いってみれば、もとの好きな自分になって帰っていく、みたいなね」
「何だか、わかります。不協和音の世の中ですもんね」
「うん。そういう場所は街には必要だよ。だからこのホテルはランチのミックスフライのように、あるべき理由で、ちゃんとここにあるんだと思うんだ」
「ちゃんとここにある、か」
「うん」
「いいキャッチコピーができそうですね」
「そうだね」
「それが武藤さんを、あるべき場所へ、連れ戻してくれるかもしれませんね」
「そうなったら、そうなったで、また頑張るよ」
「やっぱり、いい会社ですね」
「ん?」
「で」
「で?」
「あの意味は」
「ああ、それはね」
と、そのときお客さんがつぎつぎと入ってきた。
「いらっしゃいませ」
彼女はお客さんに笑顔を向けていった。
「答えはつぎ来たときに」とわたしはいった。
「はい」
彼女はそう答えると、トレーに水の入ったコップをいくつかのせてテーブル席へと運んでいった。
ふと、後ろを振り返った。ガラスの向こうのフロントで五郎丸先輩が手を振っていた。わたしは手をあげて応えた。
その瞬間、わたしは、ひらめいた。