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『ReverbTOKYO』柿沼雅美

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ふざけて言うと、アシダさんが一瞬にやっとしたので、まじで! と聞き返してしまった。
「まぁ1人2人くらいは恋に落ちることもあるわよ、魅力的なら」
「えー! すごーい! あーでも私はダメですぅ」
「なんで?」
だって、と言いかけてちょっと迷う。でも、この人なら話しても大丈夫なんじゃないだろうか。じっと目を見て言ってみる。
「だって、処女なんですもん」
数秒の間が空いて、あぁやっぱり言うんじゃなかった、生涯墓場まで持っていけばよかった、いや生涯それでも困るけども、と脳内でたじろいだ。
「ええええええ、ほんとに? 今まで彼氏いなかったの? 普通にOLさんだしかわいいのに?」
「いや、いました。3人くらいいたんですけど、できなくて。で、我慢させてる間とか痛がったり精神的に不安になってるうちに呆れられるっていう…」
アシダさんは悲しそうな表情をして私の頭に手を伸ばした。それは辛かったねぇ、と顔から声が聞こえてくる。
「もうどうすればいいのか分からなくて、ちゃんと病院行ったりもしたんですけど相性か精神的な問題だろうって。男の人はよくお店で初体験もとかあるじゃないですか、女性はなんか悩んじゃいますよねそういう話題。世間で何て言うか知ってます? 妖精って言うんですよ、処女とかバージンとかじゃなくてもはや妖精ですよ」
これまで言えなかった気持ちがどわっと勢いよく出て、アシダさんがちょっと笑った。
「いつまでも挑戦すればいいよ。いつでも泊まれる部屋はあるわけだし、いやそういう部屋じゃないけど! リラックスできると思うよ。こたつの部屋なんて泊まって温泉入ったりさ、そういう色んな悩みのある人にウェルカムなのがこのカフェとホテルなんだよ」
 私はアシダさんの話に、うんうん、と頷いた。
 カフェのドアが開いて、30歳くらいの男性が入ってくる。背中にギターを背負っていて、その姿を見てアシダさんが、来た来たー、と手招きした。履き込んだジーンズに薄手の長袖シャツにダウンジャケットを羽織っている。
 彼は私を見て小さく会釈する。アシダさんは、この子友達なの、彼氏募集中だよ、と彼に言う。えっ、と焦る私に、彼は、へぇー、と興味があるのかないのか分からない声のトーンで言いながら、躊躇なく私の隣に座る。
 彼は、コーヒー、とアシダさんに言ってから、私に、演奏聞いてってくれるんですか? と聞いた。私が、はい、もちろん、と答えると穏やかな顔になって、よろしくね、と手を差し出してきた。
 握手をしながら、まるで自分が、ほんとに昔からアシダさんの友達で、彼ともひさしぶりに再会したような、今までの自分とはちょっと違う人間になったような気がしてきた。
 手を離して、改めて店の中を見回すと、昼間よりも薄暗いのにところどころに置いてあるキャンドル型のランプがぼんやりと光っていて、空気中の粒子が透けて見える。不思議な空間だった。
 きっとアシダさんがさっき切っていたチーズはワインに合うだろうし、バータイム限定の野菜チップスもすごく美味しいんだろう。彼の演奏もすごく好みのものなのかもしれない。そんなふうに新しく気持ちのいい想像ができた。
 その気持ちのまま私は上の部屋に帰り、余韻を楽しみながら眠りにつけるのかもしれない。あ、温泉には入っておかないと。もう夜になるのにこれからの時間が楽しみになってきた。なんならホテルに転職しようかなぁ、それは未経験すぎて大変か、じゃあカフェでバイトさせてもらうとか、それでこの近くに安いアパートでも借りてもいいような気がする。
 つい数時間前には考えもしなかったアイディアが浮かんできて自分でもびっくりしながら、アシダさんとこの環境のおかげだな、と思ってアシダさんを見ると、なに? と不思議そうな顔をした。
 なんでもないです、と返して思わず笑顔になってしまう。
 「いや、コートとかバッグ部屋に置いてきちゃおうかな、って思って。もう夜はここで軽く食べて聞いてってしたいし」
 「そうだね、そうしなよ。待ってるから」
 アシダさんと彼に、すぐ戻ってきます、と言って席を立った。
 また、美味しい、楽しい、そんな余韻を感じながら部屋に戻りたい。仮にそうじゃない一日だったとしても最後はいいなって思える時間にしたい。そんな風に思いながら螺旋階段をのぼった。

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