上の階からパタパタと足音が聞こえた。きっと宿泊中のお客様が停電と勘違いしてこっちに向かって居るのだと察した。もう駄目だ。もう無理だ。もう何もうまく行かない。完全に心が折れてしまったのが分かった。わたしはただ、みんなを喜ばせたかっただけなのに。それだけなのに……。
悔しさと悲しさで気づくと暗闇の中わんわんと声を上げて泣いてしまった。電気はすぐについたけど、もう駄目だった。わたしは泣き顔を隠すのと、みんなに申し訳ない気持ちとで頭を下げたまま、今日はこんなになってしまってごめんなさい。申し訳ありません。と何度も何度も謝り続けた。謝りながら心がどんどん後ずさりしているのがわかった。誰か引き留めて欲しいと思った。するとわたしの頭に暖かい手の感触がした。
「みっちゃん、顔を上げなさい」
その声は間違いなく村さんだった。少し粘ったけれど、観念して顔を上げた。すると村さんが言った。
「今日はみっちゃんがドタバタしてて本当に嬉しかったよ。なあ」
村さんがみんなを見る。みんなも本当に心からそう感じているといった風に頷く。わたしは首を振って抑えていた言い訳を我慢できずに吐き出した。
「嬉しかった?何で?お祝い全然ちゃんとできなかった。わたし島さんと作った壁も、最初にここを作るときにみんなで考えた鈴のアイディアも全部、全部ちゃんと忘れてなくて、絶対覚えていたし、それに、他のお客様にもそんな素敵な空間に何の違和感も感じずに溶け込んでもらいたくて、だからわたしいっぱい頑張って作ってきたのに……」
何一つ思い通りにできなかった自分を責めながら、人に与えるのではなく、一番何かを得ようとしていたのは自分だったと思った。しゃくり上げて言うわたしを見て村さんが言う。
「ドタバタでよかったよ?最近みっちゃん良くしよう良くしようって頑張ってたけど、こっちからしたらどんどん温度のあるもんどかしちゃって、離れてちゃって寂しかったんだよお?それに、何の違和感も感じないってのは無理だよ。そりゃあ、正真正銘の作りもんだもん」
村さんその言葉に胸が締め付けられそうになった。
「あの絵、僕はいいと思うけどなあ」
島さんが言った。
「僕ねえ、最初みっちゃんがホテルやりたい、って言った時のこと今でもすごく覚えてるんだ。『人が一番自由を感じられる場所を作りたい』って。『それができるホテルは一番優しい場所なんだ』って僕に言ったの。覚えてる?」
わたしはうんうんと大きく頷いた。
「自由から違和感を全部取っちゃったら、それは不自由じゃないかなあ?みっちゃんがあの時『一番優しい場所』って言ったのは、こんな風に全部を受け入れて一つに繋ぐことのできる空間がホテルだって思ったからでしょ?じゃああの絵も今日のみっちゃんも100点満点じゃない」
みんなの言葉に、優しさにそれから一年前の優しいわたしに、心を寄せると涙が溢れて溢れて止まらなかった。大切な人の為に、大切な場所を守る為に、必死になって、わたしはどんどん勝手に、一人で、遠くの方へ歩いてしまっていたのだと思った。ようやく涙が落ち着き始めてきたわたしを見て村さんが、せっかくだしみんなでケーキを食べようと言ってくれた。気づくとレストランには宿泊客の人々も降りてきていた。みんなの顔が優しかった。それで気づいた。わたしに必要だったのは『感じる目』だった。わたし達は自分たちが思っているよりずっと寛大で優しくてフレンドリーだ。そんな目で見れば、初めて会った人も、知らない場所も、ずっと前から知ってる人にもすっと繋がれた気がした。小さな違和感を飛び越えて。いや、一緒に。