わたしは呑気に食器乾燥機の前で鼻歌を歌っている相沢くんにやや取り乱しながら声を掛けた。
「あ、小松さんおはようございますー」
わたしが焦っているからか、彼がいつも以上にのんびりして見えた。
「うん、おはよう、いや違うんだ。相沢くん、今日体調どう?」
脳よりも先に感情が前のめりに喋り出してしまいおかしな日本語になった。
「どうしたの、小松っちゃん、変な質問してえ」
シェフの平田さんが肉の塊に華麗な手さばきで塩を振りながらわたしを落ち着かせる様に言った。わたしはその声でも落ち着く事ができない自分に嫌気がさしながら大きく深呼吸をしてから答えた。
「平田さん、まずい事になった。今日河野さんと高橋さんも来られなくなった」
その言葉に平田さんの手も止まった。
「ええ?今日横山くんもお休みだよね?今日は招待パーティのディナーもあるし、厨房それじゃ回らないから小松っちゃんこっちに入ってくれるって……」
平田さんはそこまで言うと、ようやくゆっくりと動かし握っていた肉の塊をまな板の上に下ろした。
「そう。そう、なんだけど」
わたしは伝票が挟めそうなほど眉間に深いしわを寄せて口を歪める。
「ホールと、レセプションどうするの?」
わたしが言おうとしていた事を先に平田さんが言った。
「それなんだけど……」
わたしはうつむいて、まだ覚悟が決まらない自分の気持ちを奮い立たせるように重ねた両手をぎゅっと握った。そして意を決して口を開
「オレやりましょっか」
わたしと平田さんのシリアスな空気をまるで映画のカチンコであっさりとカットするように相沢くんがノー天気に言った。
「できるの?」
わたしが聞くと
「はい!」
と即答した。この世にこんなに恐ろしく聞こえる即答があるなんて夢にも思わなかった。平田さんは再び肉を持ち上げて今度はコショウを振りかけていたが、その姿はなぜかは天を仰いでいる様に見えた。
***
「いい?相沢くん、これインカム。わたしはキッチンに入って平田さんの手伝いをしながらホールも見てるから。何かあれば、このインカムとマイクを使ってわたしに連絡して。で、これは今日の宿泊者リスト、部屋番号とカギはさっき言った場所にあるの覚えてるわね?」
わたしはまるで初めて学校に一人で行く子供に話しかけるように、一言一言に力を込めてしゃべった。
「とにかく、余計な事はしないで、スムーズな接客を目指しましょう、スムーズ」
わたしは言いながら、フラダンスの手つきで風を起こすようにムーズを全力で相沢くんに伝えた。
「わかりました!」