沙都は黙って首を横に振った。
「結婚を考えてこれからは一緒にやっていきたいと思ってます。準備が出来てないから、まだこれはプロポーズではないよ。それはもっとちゃんと改めてするよ。一緒に考えてくれる?」
沙都は口に手を当て頷くと、目に溜まっていた涙が落ちた。
つぐみと晴人も嬉しそうにそれを見ていた。
「ところで、つぐみ」
「なに?」
「お前、侵入してきた奴の話聞いてやるとか、知らない男部屋に一人残して行くとか、ありえないんだけど。どんだけ無用心なんだよっ」
「え? や、ごめん。ムサッチいい奴かなって思って。ごめん」
怖い顔で晴人はつぐみを見つめる。
「ごめん、ごめん。本当ごめん。気を付けます。だから、ほら、プリン食べよ。食べな、プリン」
「食べなじゃねーよ」
そう言って晴人はプリンを頬張った。
「俺達も喧嘩した後、プリン食べるか」
「うん!」
つぐみもプリンを頬張った。
Barに人が増えて来て、皆プリンを頬張っている。
ホテルのスタッフがBarに入って来て、集まった人達に向かって声を掛けた。
「皆様、プリンのお味はいかがでしょうか? 今夜はあいにくの台風ではありますが、台風だからこその時間をお過ごしになってほしいと思い、プリンをご用意させて頂きました。何故プリンか? そこに意味はないのですが、もし皆様が日記を付けているとして、今夜のことを書く時に、このままだと『台風だった』で終わってしまう。だけれど、今はそこにプリンが足されました。『台風とプリンと』その先に何かが続くのか、そこまでなのかは分かりません。一つでも多くの思い出が出来ますように、このひと時をお楽しみください」
Barの中で拍手が起こった。外は台風が大分近付き、そろそろ暴風域に入っているようだけれど、ホテルの中は優しい風に包まれているようだった。