自分はそんなものを作り出すことができるだろうか。
それを為す意志が、あるだろうか。
この道に進もうと決めたことは、正しかったのだろうか。
決めた?
それすら曖昧なもののように思える。
――いけない。仕事をしなくては。
モヤモヤとした思考を振り払うように一度頭を振って、私はブレンド・コーヒーの準備にとりかかる。
2
「シェフは、有名になりたいとか、もっと上に行きたいとか思わないんですか」とよく聞かれる。その度に、「別に」と僕は答える。
本心だ。
野心はないのか、と言われてもピンとこない。知名度とか、そういうことは後からついてくるもので、目的ではないだろう。
「もったいない」と同業の友人に言われたことがある。彼は若くして有名なリゾートホテルで昇進を重ねた後、独立してレストランのオーナーになった。その店の成功もあり、界隈で話題になっている男だ。
「今の場所も悪くはないかもしれんが、にしてもカフェの方だろ? お前はせめてメインのレストランの方で活躍すべきだよ」
「別に不満はないよ。作る料理も決められるし」
僕が言うと、彼は大げさに肩を竦めてみせた。
「こうなりたい、みたいな理想はないのかねぇ」
「来てくれた人が満足してくれれば」
で常連さんになってくれれば、と冗談めかして付け加える。
「そんな正しさの教科書みたいなことを真顔で言えるお前を、俺は尊敬してるよ」
彼の言葉には裏がない。僕は「ありがとう」と答えて笑った。
「とはいえ、目標とかないのか。作ってあげたい人とか」
「いないわけじゃないよ。それが、僕が今の場所にいる理由の一つなんだ」
それを聞いて、彼は真面目な表情になる。
「思わせぶりだな。聞かせてくれないのか」
「またいつかね」
「いつもありがとうございます」という新庄さんの声で我に返った。わざわざ挨拶に来てくれたのだ。時計を見ると、もうランチの時間は過ぎていた。ここから夜までは、客足も少なくなる。
「こちらこそ、いつもありがとうございます」僕は答えて、厨房から出る。
「ここの紅茶は本当においしい」
「気に入っていただけているのなら幸いです」
「細かい味の違いが分からないんですが、なんだか気にいってるんです」
新庄さんは、僕がここで働くようになった時にはすでに常連だった。だから、ここのことについては彼が先輩だ。
「なんというか、『特別』なんです」と新庄さんは感慨深げに呟くのを聞き、僕は嬉しくなる。
「特別」を提供するのが僕の仕事だ。
かつてもらった「特別」が、今の僕を動かしている。
だから、迷うことなくここまでこれたのだ。