783名の乗った一隻の銅製貨客船から、僕等の物語は始まった。いくつもの運命にも、最初の一歩というものがある。曾祖父さんが異国の地で何を感じ、誰と空を見上げていたのか、本当のことは曾祖父さんにしかわからない。ただ僕は、「日本人の親友がいるおじいちゃんの勧めで日本に来た」と言ったケン君の言葉を、ひとつの答えとして胸に刻んでいる。今はそれだけでいい。
たった一通の手紙、いや、僕の苦悩ひとつ欠けていたとしても、きっと今日という日は訪れなかったのだろう。縁やめぐり逢いという見えない力があるとするならば、きっとそれも魔法と同じだ。今の僕では知り得ないとても素敵なことが、ほんの小さなチャンスの向こう側で待っている。
「越智サン!」
自動ドアが開いて、爽やかな夏風が入ってくる。ケン君は来年ブラジルの小学校で日本語を教える国語教師になる。僕はカラフルな団体に向かって手を振る。
「久しぶりだな――ケン君!」
僕は鮮やかな物語にむかって、一歩踏み出す。