「ルルちゃんが幸せな方が僕は良いです。その相手がただ僕というだけでなかっただけです。その方が良かったですけど、彼女の幸せは彼女にしか分かりませんもんね」
沼田は苦笑した。
俺は沼田の言葉にようやく彼女の『なんか』が少しだけ分かった気がした。正確に言うと、俺は彼女じゃないから彼女の『なんか』は分からないだろうと言うことだ。ただ相手が俺じゃなかっただけだ。フラれた現実が全てだし、理由はちょっと知りたいけど、彼女にとってマイナスに映ったポイントは、誰かはプラスと評価してくれるかもしれない。
『なんか』なんかどうでも良くなった。
「そうだな」
「決めました」
沼田は立ち上がって、握っていたチケットを天に突き上げた。
「ルルちゃんの幸せを願ういちファンとして今日も参戦いたします」
沼田は良い表情をしていた。こんな顔もあるのか。人間はいくつも顔があるもんだな。
「なあ、俺も連れって行ってくれよ。夜、暇だし。ライブ終わったら飲みに行こうぜ」
「ほ、本当ですか! 蓮見殿」
「同じ部屋に泊まったのも何かの縁だろ」
俺たちは小さなライブハウスで行われた『モコモコメイツ』のライブに参戦した。
ルルちゃんは笑顔で懸命に歌い踊っていた。まさか俺たちがルルちゃんと男がいちゃついている所を目撃したなんて知らないだろう。それで良いんだ。沼田は声援を送り、体を動かし、俺も訳も分からず体を動かし、世界の片隅にひっそりと灯った熱狂の中で大汗をかいて楽しんだ。
昨日と同じおでん屋のカウンターに二人で並んでおでんを頬張り、酒を飲んだ。
冷静になれば、俺たちは互いのことを何も知らない。自己紹介をして、趣味なんかを話してまるでお見合いみたいだった。そして、俺もこの旅行にやって来た理由を話したら、沼田が『見る目のない女性でござるな』と似合わない気障ったらしいことを言ったので大笑いした。
そして、締めも昨日と同じくカレー職人のおじさんが作る金沢カレーを食べて、ホテルに戻った。
今晩は、沼田がベッドで俺が床だ。
沼田は今日のお礼にとベッドを譲って来たが、俺は固辞した。
「じゃあ、二人で寝ますか」
本来であれば、絶対に嫌だが酔っ払っていたせいか、俺は沼田と同じベッドに潜り込んだ。そして、背中を向けて寝た。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
知らない男と同室になり散々かと思ったが、それは間違えだった。俺は幸運にもナイスな男と巡り合った。
明日になれば、俺は神奈川に、沼田は熊本に帰る。連絡先の一つでも交換をするだろうが、きっともう二度と出会うこともないだろう。そんな気がする。
すっかり疲れたせいか、広いベッドのせいか沼田は昨日の騒音が嘘のように静かに眠っている。
今日は俺も眠れそうだ。そして、明日がやって来て、さようならをする。
夜が明けてしまった。
沼田の鼾がうるさくて眠れなかった。
俺を睡眠不足に追い込んだ原因が声をかけてくる。
「おはようございます。蓮見殿は、今日もスヤスヤお休みされていましたね」
最低な奴だ。