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『制服を着た恩人』さゆり

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と、私はゆっくりと男性に近づき彼の返答を待った。此処に来たら会えることを願って。
「実はですね、今日をもって管理人の仕事を辞めようと思っていまして」
 男性は恥ずかしそうに頬を微かに上気させながら、持っている花束を握りしめた。大きな橙色の薔薇たちが包み紙から零れ落ちんばかりに満開である。
「珍しいでしょう。このオレンジの薔薇は『信頼』という花言葉があるそうです」
 風にゆったりと揺られる肉厚の花弁に顔を近づけ、仄かに香る魅惑の匂いを嗅いだ。後ろの机にはスイートピーやガーベラの花束が同じ方向を向いて静かに置かれているが、男性はこの薔薇の花束が特に気に入ったようだ。
「ただの管理人に過ぎない私を頼ってくださるお客さんがいらっしゃるなんて、こんな嬉しいことはないです」
 彼は昔、大手電機メーカーの営業マンであったらしい。今の彼を見ると信じられないが酷い人見知りで、会社回りが嫌で堪らなかったらしいが挨拶だけは自分から大きな声でしようと心に決めていた。
 上司がお世話になっている顧客先から戻ってくるとすぐに彼の傍に近づき、
「残念がっていたよ」
 と言う。自分が何かしてしまったのかと焦っていると、上司は右の眉尻を掻きながら笑った。
「元気に挨拶してくれるお前が居なくて。『彼はすごく気持ちのいい人だ』とおっしゃっていたよ」
 フレッシュさには勝てないな、と身体を揺らして笑いながら上司はそっと缶コーヒーを彼の机に置いてくれたそうだ。
(もしかして自分が苦手だと思っていたことが武器になることもあるかもしれない)
 そう思った男性は定年退職するまで営業マンとして多くの顧客と強い結びつきを持った。退職後もなるべく人と関わりたいという思いからこの駐輪場の管理人に応募したという。
「まさか2つの天職に巡り合えるなんて思いも寄りませんでした」
 この駐輪場はいつもほぼ満車である。駅に直結している駐輪場や駐車場は何処もそうであろうが、此処は特別なコミュニティの場となっていることは私の自慢だ。一人の小さな気遣いや言葉が見える景色を変え、表情を変えていく。
「本当にありがとうございました。とても嬉しいです」
 私は言葉に詰まった。
 挨拶するだけの関係であったにも関わらず、彼と関わった期間に見た景色は実に鮮やかだった。気分が良い日も沈んだ日も変わらずに声を掛けてくれたことがどれだけ励みになっただろうか。どう伝えたらよいか分からなかった。
すると男性は片手に花束を持ち替えると、空いた左手を私に向かって差し出した。
「最後の最後にこんな素敵な時間が待っていたなんて。こちらこそ本当にありがとうございました。これからも周りの人を大切にして下さいね。そして」
 そこで彼は一度言葉を切ると、鳶色の瞳に私の顔を映した。
「いつまでも貴方らしく居て下さい」
 橙色の薔薇に囲まれて微笑む彼の笑顔は花に劣らず眩しい。
(向かい合ってちゃんと話したのは初めてかもしれない)
 私は彼の左手を両手で包んだ。

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