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『制服を着た恩人』さゆり

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 赤子の様に何か物を口にした後にすぐ寝てしまうことが多いため、気を取り直して玄関のドアの鍵穴に鍵を差し込むと果たして開いている。庭に出ているのかと思い、家の周りを囲む庭を一通り回ってみたが姿が見えない。不安の波が一気に胸いっぱいに打ち寄せる中、ドアを開けると薄暗い玄関の真ん中に祖母のスリッパが転がっていた。足元を見ると祖母の靴は綺麗に並んでいるがサンダルが見当たらない。
 さっと顔の血の気が引いた。咄嗟に持っていた荷物を放り投げ家を飛び出した。
(いつものコンビニかもしれない)
 普段から散歩が好きな祖母は何かと理由を作って外へ出たがる。そして決まって近所のコンビニへ行き、頼んでもいない果物を大量に買ってくるのだ。家の2階から見える場所にあるためあまり気に留めていなかったが、認知症になってからは横断歩道を渡ることも心配の種になっていた。
 横断歩道を渡ってすぐ左手にあるコンビニに滑り込む。背の低い祖母は陳列棚に埋もれてしまうため店内を丁寧に2周回った。しかし姿はない。
(他に行く場所といったら)
 息を整えながら目をつぶって祖母の歩く背中を思った。サンダルで出かけたということは、あまり遠くへ行くつもりはなかったのかもしれない。一先ず駅へ向かうことにした。
 家から最寄り駅までは線路沿いにほぼ一直線である。その一本道が途轍もなく遠い。足を前に進めても全く前に進んでいない様に感じる。10年以上前に卒業した小学校を横目に通り過ぎた時、上り電車と下り電車が丁度すれ違った。
(どちらかの電車に乗ってしまったか)
 不安は更なる不安を呼ぶ。走っている間にも頭を左右に振って祖母の姿を求め続けたが、あの小さな背中は現れない。
そして最寄り駅すぐ横の駐輪場に向かう道に差し掛かった時だった。駅に通じる路上で男性と老女らしき人物が向かい合って何かを話している姿が目に飛び込んだ。老女は路側の植え込みに腰掛け、男性は片膝をついて語り掛けている。
(あれは)
 近視の私でも姿形ですぐに分かった。一歩近づくたびに確信に変わっていく。果たして祖母とあの管理人の男性であった。男性は近づいて来る私に、いつものあの穏やかな笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。
「こんにちは」
 私は足を止め、男性に向かって深々とお辞儀をした。
 祖母が男性の目線の先を追って振り向き、私を確認すると淡褐色の目を大きく見開いて言った。
「まあ、こんなことになって。どうして此処にいるの」
 私は大きく息を吸い、そして止めた。自然と目に力が入る感覚があった。
(今、口を開くと責めてしまいそうだ)
 必死に堪えるが、きっと今の私の顔は不自然に歪んでいるに違いない。傍らで私と祖母を交互に見ていた男性が温かい声を口から漏らした。
「これで安心ですね」
 私は止めていた息をゆっくりと吐きだすとただ黙って頭を下げ続けた。祖母に掛ける言葉が見つからないまま、この日は男性に背を向けて家路についた。この出来事は母に言えず仕舞いである。
(どうしてもお礼が言いたい)

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