春樹は、そこまで言うと一旦話すのを止めてしまった。そうして、真っすぐと前を見てすうっと息を吸う。美咲は、そんな春樹の姿をじっと見つめている。
「僕が東京に行ったら、その……恋人になってくれませんか?」
「ごめんなさい」
「あ、そうですよね」
春樹は、また後ろに手を持って行って頭を掻く。
「東京に行ったらじゃなくて、……今すぐがいいです」
「今、すぐ」
「ええ、それまで待てません」
「いいんですか? 遠いですよ?」
「四月なんてあっという間にやってきますよ」
「たしかに、そうですね」
春樹は、顔のにやけを抑えることが出来ずに、手で自分の口元を覆い隠してしまう。
「実を言うと、あの時美咲さんの姿を見た瞬間、惚れてしまっていたんです」
「ええ、そうなんですか」
「はい、だからまさかこんなことになるなんて」
「私は、あの日に一緒に過ごしていく中で、少しずつ惹かれていきました。なんか純粋な人だなあって思って」
二人は、目を見合わせるとふふっと笑い合う。そうして、誰も見ていないオレンジ畑で最初のキスをした。
唇が離れた瞬間、春樹は美咲を引き寄せて力強く彼女を抱きしめた。
「僕、必ず幸せにします」
「はい、私も春樹さんを幸せにします」
二人は、そう誓い合うと、二度目のキスを交わすのであった。
「春樹さんっ、こっちです」
「ああ、東京は人が多いですね」
「そうですね」
三月に、二人の姿は東京にあった。
「慣れてください」
「慣れますかね?」
「大丈夫です」
そう言うと、あの時とは立場が逆転して、今度は美咲が春樹に手を指し伸ばしている。春樹は、その手をぎゅっとしっかりと繋いだ。
「さあ、新生活の始まりですよ」
「はい、そうですね」
そうして二人は、人ごみの中に紛れていった。