じっと目を凝らしていると、遥か空の上で金色に輝く糸が出現してはビュッと延長され、どこかにつながるとピタッと止まり、赤い糸に変わっていくのだった。あれは、きっとこれから生まれる男女の関係や、これから生まれてくる人間たちの運命が確定されているのだ。そう理解するとゾッとして慌てて見るを止めた。見てはいけないものを見てしまった気分だった。
やがて私は目を閉じて思っていれば、遠い世界の赤い糸の様子まで心の中に映し出せることに気づいた。夜、ベッドの中で寝付けないときなど、遥か彼方の人々の運命の赤い糸を心に映し出しながら意識が消えていくのを待ったものだ。その頃の私はノイローゼ気味で、寝付きはあまり良くなかった。
宇宙まで太い赤い糸が伸びているのは宇宙飛行士と地球の家族のつながりだろう。さながら宇宙服と宇宙船をつなぐセーフティロープのように頑丈に見えたし、それが人間同士の太いつながりを表しているようで壮観だった。地球の夜の側にいるときは漆黒の宇宙空間に真赤な糸が無重力状態で舞い踊る様子が素晴らしかったし、地平線に太陽が姿を見せたときは、糸の表面が光を浴びてキラキラと輝き、さながら心の具象化を見ているようだった。
また、奇妙な赤い糸が地球から宇宙の彼方へ伸びているのを見たこともあった。それは月でもない火星でもない、もっと宇宙の奥深くに向かって伸びていた。そちらの行方は何光年も先にあり、何とも見極めようも無かったので、近い方の地球側の赤い糸の持ち主を心に浮かべてみると、いつだったかブラジルで『UFOに誘拐され、船内でお会いした凄い美人の女性宇宙人と関係した』と話題になったあの男性の小指につながっていた。作り話かと思っていたが、どうやら宇宙人が地球人を実験台にしているという噂は真実だったらしい。また見なくてもいいものを見てしまった。もう、こんな日々が我慢できない!
思えば会社の五階の窓からあれほど身を乗り出して転落事故を起こさなければよかった
のだ。私は間抜けすぎる。
ノイローゼ気味の日々が続き、勤務中も宙を見つめてボーッとしている。そんな自分の状態が、いつの間にか会社中の噂となっていった。
私は、上司に病状を詰問される前に、自分から会社を辞めた。
その後、どうやって生活の糧を得ていこうか悩んだ末に思い付いたのは、婚活相談を中心にしたカウンセリング会社への就職だった。これなら自分の能力を生かした新しい生き方になるかもしれない。『自分の能力を生かせる職場』、グッとくる響きではないか。
この婚活相談会社に入社すると、実に短期間で社内トップの成績を上げることが出来た。思えば当然だろう。何しろ私には、相手の赤い糸が見えるのだ。しっかり糸がつながっている相談者を積極的に担当し、それ以外のお客は担当を代わってもらっていただけ。冷たい計算をしているようで気が引けたが仕方がなかった。
しかし一度だけ、ある地方の母親からどうか息子を結婚させてくれ、と泣いて頼まれて、同情して仕方なく担当を引き受けたことがあった。このときは息子さんの赤い糸がほとんど見えないにもかかわらず、自分の力で何とか出来るだろうと思い上がり、無理を承知で担当したのだった。私も人並みに優しい心は持っているのだと自分では思っていた……。しかし、現実には本当に困ることになった。どのような良縁を紹介しても、まるで話が進まないのだ。運命に逆らった無駄な努力を重ねているようで悔しかった。天の意志に逆らってはいけないのか。
私は夜も眠れずにこの息子さんをどうしたら助けられるか考える日々を過ごした。