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『風待岬の美容室』明里燈

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 ペンで文章を写し取っていると読んでいるだけでは理解できなかった言葉の配置、選び方、そして作家の思考、センスを体感できるのだ。ただ文字を目で追っているだけでは感じとれない言葉の奥にあるものを受け取ることができる。常日頃、文体の模写は作家志望にとってしなくてはならない修行だと明良は自覚していた。だがここ一年は気持ちが乗らなくなっていた。写経がつらいのだ。それは、写経中に感じる、自分だったら、こうは書かないという激しい抵抗が明良の中に生まれたからだった。
 写経への抵抗は、デビューして三年。まがりなりにも自分の文章の型ができてきたことを意味していた。無限にある言葉の組み合わせ、その配列を決める。作家「市瀬あきら」の選び方ができつつあった。だから、他人の文章を素直に受け取ることができないのだ。それは喜ぶべきことだったが、同時に恐怖でもあった。もはや自分の前にお手本がいないことを意味していたからだ。他人の型はもう役に立たない。しかし、三朗は意外なことを言った。基本に帰る、と。
 自分よりも十歳も上のプロが基本に返ると言っている。自分が返れない理由が本当にあるのだろうか。自分はただ傲慢になっていただけではないのか。
 そこまで考えたとき、明良の脳裏にひらめくものがあった。と、同時に洗髪が終わり、顔にかぶせられた覆いがはずされた。
 シャンプー台から席に戻ると、昼の光が前方のガラス窓から差し込んできているのが見えた。
 基本の型を繰り返すことで、自分は自分の型ができた。しかし、今度は新しい型が必要になった。それは今までと違う物語を書こうとしているからだ。自分の覚えた型は作家一瀬あきらのなかにしみ込んでいる。だから新しい型を入れることで、はみだす部分が生まれるのは当然だ。しかしそのはみだした部分こそ、自分の語るべき内容かもしれない。
 自分はまだやるべきことをやりきっていない。ふいに明良の脳内で、やらなければならないことのリストが次々にひらめいた。
三朗は、ドライヤーを丁寧に動かしながら言った。
「人間って同じところをぐるぐる回りながら、少しずつ上に向かっているんじゃないかって思うんです。僕は何度基本に戻っても、違うものを学べると思います」
 明良は顔をあげた。鏡の中の三朗と目があった。
 明良は右手の人差し指をソフトクリームをつくるように螺旋状にくるくるとまわした。
「こういう感じですか?」
「そういう感じです」
 三朗がうなずいた。
「少し明るくなりましたね。カラー剤の直前になって、少し暗めにしましたがオレンジは譲れなかったので、少し混ぜたらいい感じになりました。肌の色明るくなりましたね」
 言われてみれば顔色が違う。さきほどまでは目の下の隈や、日にあたらない青白さ、運動不足でむくんだような顔をしていたが、今はほんの少しだけ顔色が明るくなった気がする。
「髪のカラーが肌に反射するんです。明良さんの肌は黄みがかかっていて目の色が茶色に近い。だから、オレンジ色やブラウンとは相性がいいんです」
 明良は髪の色で顔色まで変わることをはじめて知った。

 三朗が鋏を動かす音が店内に響いている。明良はその音を聞きながら、鏡に映る自分を見つめた。洗いたてのときにはわからなかった髪の色が、今は窓から差しこむ光が透けて、オレンジがかって見えた。それは光にさらされてわずかに存在をあらわにする微妙な色彩だった。しかし、その色彩が明良の肌の見せ方に影響を与えるのだと、三朗は言った。

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