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『ホテル・真夜中の庭』もりまりこ

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 ゴールデンウイークのはざま。その日はとても心地いい風が吹いている朝だった。ゆるやかな坂道をひたすら歩く。まわりの樹々は緑で。ここに囲まれているとたちまちさっきまでじぶんが辿ってきたみなれた場所が、ちゃんと去っていることに気づいた。なんだか、住んでいた住所のことなんてどこかに置いてきたみたいに。
 やまぶきの黄色がまぶしいほど目にとびこんできたり、ミヤコワスレがひっそりと咲いていたり。
 ウグイスの姿は見えないけれど、鳴き声が触れられそうなぐらい近くて。
 ウグイスが鳴くとちがう鳥がタタタタタンって感じに呼応するように、鳴き声がリエゾンする。鳥の会話みたいだった。こんなふうにしぜんに取り囲まれたことってひさしぶりで。歩いている間、ただただ、なにも考えない空白のような時間が訪れていた気がする。だからかどうか、しばらく歩いていると、花の輪郭のことは思い出せるのに、そこでなにを感じていたかなんてひとつも思いだせないぐらい記憶の中から抜け落ちているのが、ほんと爽快だった。
 その場所で、黙々と樹々の手入れをしているおじさんがいた。
 軽く会釈すると、おじさんも返してくれた。
「すきですか?」
っていきなり大きな声で問いかけられたので「え?」って顔をして戸惑っていたら、おじさんが「ここだよ。ここ。この公園」ってほほえんだ。
 思いっきり外で活動している人らしく肌という肌が日焼けしている。瞳がしわのなかに埋もれてしまうぐらいの笑み。仕事場ではみたことのない種類の微笑み方だった。
「あ、ここ。いいところですね。なんか、すきです」
 彩夏は、おじさんが作業をしている枝の剪定ちかくまで短いウッド製の階段をくだってゆく。
 この場所は、つながりすぎていたものを、やわらかくほどく感じ。ここにいると、庭園に息づいているものたちと同じ位置にいる、同列のいきもののひとりにかえってゆける気がする。そんな場所だった。
「よかったら」
 おじさんは一枚のマップを渡してくれた。
「そこ、寄ってみたら?」
 近くでおじさんが手渡してくれたマップを受け取る。
<かなしみよこんにちは! マップ>って書かれていて何これ? って思いながら、じっと地図が記しているポイントを目で追う。
「この庭園の場所を教えてくれたのは。どなたかしらっしゃる?」
「ゆりいかマンションの大家さん、川上さんです」
「やっぱりね、あの人みつけるのがうまいのよ」
「え?」
「だから、あなたのようにちょっとなにかに傷ついているひと」
 え? の後少しだけむっとしたかもって彩夏は思う。そういう負のオーラ出してるって貴志に言われたことがあったからだ。
「違うのちがうの。おじさんだってそうよ。そうだったのよ。昔、川上さんと出逢ってね、30年以上連れ添ってきたカミさんに死なれて、ぼっぉとしてたらここの場所を勧められてさ、通ってたら庭師も同時に募集してたから、ここで働くようになったのよ。今はしがらみもないしさ、なかなか快適だよ。働くってこういうことだったかって。それもおてんとさんの真下でねぇ。ま、そういう原始な気持ちにもどってるわけさ」
 聞いてると、うらやましくなってくる。悲しみを乗り越えた人がここにいるだけで、すこしだけ心に灯りが点った気がした。
 じぶんの哀しみはおじさんに比べるとどこか肌触りがざらっとして濁っているのかもしれない。
「ここ気に入ったんなら、そのマップのところ行ってみな。じゃあねおじさんはもうちょっと上に登って作業してくるから。あ、おじさんね。まさきっていいます。名前じゃなくて苗字ね。正しい木って書いて正木。よかったらお見知りおきを」
 正木さんが、手だけ降って小高い丘の上のほうに上ってゆくのが見えた。

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