仄暗い人生より名を重んじたいと。
例え子供らに悲哀と恥辱を味合わせようとも、勇敢さの中で死を選びたかった。
自決は簡単だ。手段にピストルを使えばよい。それを望んだ。
だが再三に商港を訪ねたが入手出来ず。ああ死ぬ手段も選定得ぬ人間の不幸さよ。
また人間のくそったれとも思うのが皆に手紙を書く時だ。母、子供に起筆する時は涙が止まらない。
しかし後事を託す記述を書く時は感情よりも数字が頭が先に立つ。死の影が身を潜め数字、数字の連々。
一滴の涙も零れずに強い命の息吹さえ感じた。
やはり文明は悪魔か。
この数日の食事の中で一番美味しかったの五百円の鰹の三和土定食。最上のホテルに泊まるも高速道路からの騒音に悩まされて安宿にも移った。どれも文明の悪魔のお陰だ。
だが安宿にて耳元で蚊が舞った時は思わずニヤリとしてしまったが。
この数日が人生の中で強く社会というのも傍観した。一つの人生だけで語れない言い知れぬものがあるのか。
それでは人間は不憫だと思いつつ、そんな不憫な一人が後生の者達に如何と声援を送り、目を閉じた。
五郎に綾子よ。
動き、勉強して素晴らしい人となれ。
私と同じ人生を歩む事はない。
些細なものしか残せない。だが幸福になるのを切に願う。当分は世間の狭さに戸惑うだろうが強く生きろ。
生者必滅、会者定離。これが生き様だ。悲痛も忸怩も顔に出すな。万人の一瞬の支えの為に苦しみがあり、それが始まり、そして終わる。
だが知っている。終わりはまた始まりだ。私の終わりは二人の苦しみの始まりだ。
卑怯の名で許に云々とはいえ、御前の意欲が時と若さによって回復するのを希む。
綾子よ。お前はかわいい女の子になる様、心しなさい。
五郎よ。お前は家庭教師を続け世間を広く知れ。
情が短い間柄な私に言える立場ではないが。
思えば私も実父とは情が短い。今間でそれが不幸と感じた事はなかったが、今に至ってそれは薄幸だと思う。しかもそれを押し付けるとは残念でならない。
そう言えば思い起こす事が。終生忘れられない五郎の言葉。
腸閉塞で救急車に担ぎ込まれる私の姿を見て「カッコいい」と云った御前。
何時如何なる時も格好良さを男は忘れてはならぬ。そこにおいて考え方の原点があるかも知れん。
男子一度立ち事を起こすはこれ即ち侍である。刀ではないが片手にピストルを持つの格差ない。勇敢さの中にこそ鈍らない決断がある。
しかしピストルを片手にした侍は裏返せば心弱き人とも云えるだろう。
だが忘れないでくれ。人の弱さを垣間見つつ書き記す私の努力を。
そして父と語り合う長さを私より幸福だと承知してほしい。
長い平凡且つ幸福な生活を築かれるよう希む」