何か現実味があるのが良いと考えてしまう。就職とか、結果とか。二人共、進学すると思っている様だけど。ただ勉強だけの成果での恩返しは物足りなかった。
でも“鶴の恩返し”の童話みたいな事はどうかとも思ってしまう。
自分の命とも言える羽根を毟り取って、生地を結って作って、出来上がったのは血塗れの着物。いや実際に血が付いてると言いたいんじゃなくて。
それが透けて見える物を貰っても二人は喜んでくれるのだろうかと。
何が良いか。正直どうしようか分からなくなっていた。
で、カッコいい。
このワードには先生の話しに出て来る正浩さんが関わってくる。
でも僕がカッコいいと思ったのは、正浩さんではなくて先生のお父さん、四郎さんだった。
「まあ、四郎さんの事を悪く思わんでくれ」
車のギアを入れ替え拍子に、正浩は助手席に坐る五郎に言っていた。
「悪くって……父さんの仕事?」
「ああ」
その言葉には納得できない。そんな顔を五郎は浮かべる。正浩は一度バックミラー越しに後部座席を覗き、うたた寝する綾子を見てから言葉を続けた。
「四郎さんは凄い人なんだ。そう……人を育てるのが凄いんだ」
「人を……育てる」
「ああ。これから工場を盛り上げていく若手の育成を真剣に考えてくれる。俺だってその一人だ。無知で何もない俺に、無償で学費を支援してくれ学校に行かせもした」
「そりゃ……兄ちゃんが良い人だからだよ」
「そうかな」
ハンドルをゆっくりと一回し。滑り戻しながら正浩は、正面先をじっと見つめ続けている。
「四郎さんの理念と信念は、この先も大事なものになる。俺は……いや俺達はそれを受け継ぎ、またそれを受け渡して行くんだ。俺はそれを四郎さんへの“恩返し”だと考えている」
真面目な顔で言う正浩の横で、五郎は一緒に正面を見ながらも首を傾げているのだった。
「まだ難しいか。そりゃそうだな」
そう言って正浩は笑っていた。
――話の中の正浩さんは気さくで若い兄ちゃんという印象しかなかった。そりゃそうだ。先生にとっては本当にお兄さんと思えた人だったろうから。
でも僕は先生の知らない所で、この正浩さんと再会する。いや再会と言うのは可笑しいか。そう出逢ってしまうんだ。
うちの高校では公共福祉と社会事業への実習としての課外授業が設けられている。主に付近の清掃活動、老人施設への定期訪問など。