「そうかい、そうかい」
正浩は天を仰いだ。そして暫く天井を見上げ考え、徐に五郎に言った。
「……そうかもな。五郎は人に教えるのが上手いかもな……何時も妹に勉強を教えてんか?」
「偶にだよ、偶に」
「何なら教師を目指せば? 合ってるかもの。学校の先生」
「……まだ分かんないよ。成りたいとも思わないし」
「そうかな……いいと思うけどなァ」
正浩は話しながら座敷によっこらしょっと腰を降ろす。首に巻いたタオルで額の汗を一拭きすると唐突に言った。
「今日はどっか遊びに行かないのか? 五郎」
その問いに五郎はムッとした顔を為たかと思うと、また卓袱台に向かってしまった。それで正浩は察した、不機嫌の理由。
「……四郎さんと出掛ける約束してたんか?」
「別に」
五郎の答えは淡泊だ。思わず正浩の溜息には微笑みも含んでいた。
祭日を交えた連休。でも父親の四郎の工場は稼働中。母の紀子も手伝いに出ていた。休日でさえ両親の姿を見ない事がざらだった。
「……僕はいいんだ」とぼそり五郎が言う。
「ん?」
「僕は平気だよ、出掛けなくても」
「そうか」
「でも……綾子が可愛そう」
「妹想いだなぁ」
正浩はふっと微笑んでから、両膝をぽんと手で叩くと胸張って言った。
「よし、俺と出掛けよう」
「え?」
「明日は何もないだろ? 綾子ちゃん連れてどっか行こ」
「でも仕事は? 日曜日も動くんでしょ」
「俺は休みだ。遊園地でも行こか? うん、そうしよう」
矢継ぎ早に正浩が決めたが、驚いた五郎の顔は次第に笑顔になった。それを見て正浩も笑っていた。
「よし、紀子さんには俺から言っておく。明日は早いぞ。寝坊なんかすんな」
そう言って正浩は立ち上がっていた。
――先生の話に出る、河村正浩さん。先生の父親が経営する板金工の工場に十代から勤めていた人らしい。
明るく人当たりがいい性格のその人は、幼い頃から先生達兄弟の面倒をよく見てくれていた。両親が工場に掛かりきっりの合間、色々な所に連れて行ってくれたと。寂しい思いを見かねて何だろうと先生は言っていた。
両親との、特に父親との良い思い出はなく、小さい頃になると必ず正浩さんの話になる。