一念発起。母さんに言った。塾に行くよと。
仕事で忙しい母さんと一緒にとはいかず、僕一人で進学塾を捜してみた。そして最初に訪ねたのが先生の塾だった。
元気よく挨拶し、先生も快く僕の話を聞いてくれた。塾に入りたい、そのまんま言った。
最初は笑顔だった先生も中学の成績を知った時、雲行きが怪しくなった。
――うちは集団で授業をやるんだ。その成績だときっとついていけない。個別で教える塾か家庭教師の方がきっといいよ。
言われてショックだった。断れるなんて想像してなかった。項垂れ帰ろうとした僕に先生は声を掛けてくれた。
――でも一人で来た勇気は凄いよ、君。そのやる気で頑張りなさい。きっと君に合う塾がある。諦めるな。
その言葉は嬉しかった。丁寧に挨拶し、その日は帰った。
その後に何軒かの塾を見て回ってみたけど、大抵の大人は学校の担任と似た事しか言わない。
僕の話を真剣に聞いてくれた大人はあの人しかいなかった。そう思った。
二日後には塾を再び訪れた。考えてくれたのも褒めてくれたのも先生だけだから。
やっぱり先生の所で勉強したいです。絶対に頑張るからお願いします。
今度は先生は快諾してくれた。そしてこう付け加えた。
――実は断って寝れなかったんだよ。いやまた来てくれて本当にありがとう。
その言葉も嬉しかった。ここに戻って正解だと感じた瞬間だ。
「何だ、五郎。宿題やってるんか?」
正浩が卓袱台に齧りつく様にしている五郎を背後から覗きこんでいた。
「そうだよ。兄ちゃんこそ仕事は? まだ作業中なんしょ」
「ああ……ちょっと四郎さんに頼まれて物とりに来たんわ」
その四郎という名詞が出た途端、五郎は聞こえないフリする為にか更に台に齧り付く。四郎は父親だ。それを敏感に正浩は感じとった。
「算数やってるのか?」
気遣い気味に聞いた正浩。その問いには五郎は笑顔で振り返り答えた。
「兄ちゃんに分かるの?」
「おっと馬鹿にするな。こう見えてもちゃんと学校は出ているんだぞ」
「本当かな……紀子が言ってたけど正兄は教えるのヘタクソだって」と五郎は笑いながら言った。
「何だよっ。せっかく教えてやったのに……」
「僕の方が上手だって」