列の脇、見物人の中に砂かけ婆がいた。死んだ祖母に少し似ていて、だから、私の目を惹いた。その砂かけ婆が見物の人だかりを縫うように列と並走し、私たちに砂を投げてくる。斜めがけにしたひょうたんから少量の砂を掴み取り、私たちに向かって、のっそりとした動作で、繰り返し投げつけてくる。雨で濡れた顔に砂がへばりついて、なかなかに不快だった。砂かけ婆にとってはそれがコミュニケーションのつもりなのだろうから、私は怒ったりしない。子河童の皿の上で雨水と砂が混じり合い、泥になっていた。片方の肘でなんとかスペースを作り、空いた方の手で皿から泥をすくいとってやると、子河童は再び「びぃ」と鳴いた。「どういたしまして」と私は言った。しかし、なおも砂を浴びせかける砂かけ婆に堪りかねて、前言撤回、私はすぐに大声をあげた。
「いい加減にして!」
言い訳するようだけど、怒るつもりはなかった。
砂かけ婆はびくっと小さな体を強張らせ、下を向いて立ち竦んでしまった。列は進行を止めないから、砂かけ婆はみるみる、ますます小さくなった。その姿がいよいよ点でしかなくなるまでの短い間に、私は過去のあるワンシーンを思い出していた。
私は小学五年まで、母方の祖母の家に住んでいた。祖父はすでに他界していたし、父は私がまだ母のお腹にいる頃になんとか罪で逮捕されたらしく、顔すら知らない。そんなわけで、祖母の家にいたのは私、母、祖母の女三人だけだった。あと、九官鳥のピーチがいた。
夏休み最後の日の夜更けだったと思う。翌朝に控えた久しぶりの登校にそわそわして、私はなかなか寝付けなかった。一階のトイレに行きたくて階段を降りていると、台所の白っぽい明かりが廊下に漏れているのに気がついた。私は変に不気味な心地がして引き返そうか迷ったけど、背後の暗闇の方がずっと恐ろしかったので、仕方なく前進した。私は極端にビビりだった。台所のドアは開けっ放しで、廊下から、祖母の丸く骨ばった背中が見えた。薄いグレーのTシャツに、博物館で見た恐竜の白骨のような歪な背骨が、節くれだって浮かんでいた。
「ばあちゃんなにしてるの」
後ろから私が声をかけても、祖母はビクともしなかった。
「ばあちゃん」
聞こえないのだろうか。座ったまま寝ているんだろうか。なんだか私は怖くてしょうがなくなって、恐怖を自覚するや否や、声も膝もブルブル震え始めた。
「ねえ、ばあちゃん!」
「まこ、起きてたの」
ようやく振り返った祖母の目は、生きた人間のそれではなかった。黒目が妙に大きくて、なのに、そこに私は映っていないような気がした。私が自分の部屋の本棚に雑に座らせていた安っぽい西洋人形の目と同じだった。どこかの工場で知らない誰かが作った偽物の目と、同じだった。その目が私の顔から下に下に下がっていって、それから祖母は不気味に笑った。
私は小便を漏らしていたのだ。
それからのことは覚えていない。気づくと朝になっていて、その朝、祖母が布団で冷たくなって死んでいた。母は祖母の傍でさめざめと泣いた。初めて母が泣いているのを見た。私はその日、学校を休んだ。
死んだ祖母のことを考えるときはいつも、温かいアンモニアの臭いが付きまとう。他に思い出すべきことはたくさんあるはずなのに、小便の臭いに蓋をされて、私は途端に諦めてしまう。
私は子河童の手を取り、もがきにもがいて列から抜け出した。
全力で走った。子河童は走るのが遅かったから、ペースを合わせて、それでもできるだけ急いで、見物人の間を走った。
「ごめんなさい」
まだ項垂れたままの砂かけ婆に、私は心から謝った。すると砂かけ婆はゆっくり顔を上げたが、その顔は雨と涙でぐっしょり濡れていて、それを砂の付いた手で擦ったのだろう、ぐしゃぐしゃに汚れていた。
「名前は?」