彼が言う。とても嬉しかった。
「デート、ってやつ?」
「……うん」
あっくんは照れるように笑った。アタシは目線を逸らして「ばか」と言うしかなかった。
それから、どこにいくか、何をするか、話し合った。想像はどこまでも、あの夏空のように広がってゆく。
「もっかい、キミに会いたかった」
言いながら、私たちはキスをした。甘い……そう、まるでストロベリーのような……。
良い夢だった。
7
目覚めると、口の中が甘酸っぱかった。さっきまで、アイスの甘いやつを食べていたような気がした。
アイスなんて、もうドロドロになってる。
先週、彼が急死した知らせを受けた。最後は、家族と過ごしたらしい。お葬式の時、あっくんのご両親から謝罪された。この島に帰りたがっていたのを、彼らは止めた。子供に無理させずに逝ってほしかった。私達の傍に居て欲しかった。ごめんなさい、と。
彼は随分と前から余命宣告を受けていた。それを家族以外に隠して生きていた。宣告された命よりずっとずっと長く生きたことを医者は驚いていたという。何かが、あっくんを支えてくれたのだろうか。
「あっくんは、島に来てくれましたよ」
頑張って笑って、そう言った。彼らは不思議そうにしていた。
献花には、私が思っているより多くの人が来た。何人か、本州から船でやってきた人たちもいる。あっくんの同級生たちだった。美術部のあっくんと特に仲が良かった人たち。そういえば、美術教師の人も来てたっけ。
彼らから、あっくんの話はあまり聞けなかった。彼はそれほど高校に通えていなかったらしい。電話では、毎日登校してるって言ったくせに。
毎日友達とLINEして、話すネタをもらっていたようだった。アタシは黙って、同級生の子たちから彼の努力を聞いた。聞くうち、辛くなってしまってアタシは席を外した。誰にもぐしゃぐしゃになった顔なんて見られたくなかった。
あの入江になら、誰もいない。そう思っていたんだけど。
「やぁ、可愛らしいお嬢さん」
一言で言うなら、恰幅の良いオジサン。まるまるとしたお腹をさすりながら、海岸沿いを歩いていた。汗はかいていたが、身なりは整えていたし、姿勢もよかった。
「オジサンも、参列してた人ですか? あっくんの」
彼の服を見て、アタシはそう言った。
「……あっくん? アキラくんのことかい? 望月アキラくんのことを、キミがあっくんと呼んでいるのかい?」
オジサンは少し真剣なまなざしをした。冒険家が、求める何かの手がかりをつかんだような。
はい、と答える。おじさんは「そうかいそうかい」と頷く。
「面接した時から、どんな友達か想像していたよ」
「……?」
なんのことか、アタシにはさっぱり。
「おっと、訳が分からない話をしたかな。いきなり申し訳ない。私は……」
礼儀正しく、オジサンは自分の身の上を話した。手短に、分かりやすい話し方だった。元々教師で、今は学長をしているとか何とか。あっくんとは昔、入学試験で会ったという。息子を病気で亡くし、学校で友達作りも勉強もさせてやれなかったオジサンは、あっくんに何か感じるものがあったのだろうか。
「アキラくんはここに来たがっていた、と聞いてね。彼を感じたくて、来てしまった。私なんかが来ても、なんにもならないのにねぇ」
「……来ましたよ、あっくんは」
「え?」
オジサンはその丸っこい顔をこちらに向けて、きょとんとした。
アタシのことを訝しむと思ったけど、
「ふふ、そうかい。来たかい」
彼は、笑った。
それを最後にオジサンは入り江から去った。もしかして、アタシに気を使ってくれたのかな。
今初めて出会ったはずのオジサンに、アタシは親近感を覚えていた。お互いあっくんという共通のつながりを持っていたからだと思った。
潮風が、顔に当たる。
叫びたくなった。でも、やめた。今のアタシなら、胸の中に留めていられる。大人にならなくては。
これから、色々な人と出会う。看護学校に進学して、卒業して、社会に出る。その間に何人の人と出会うだろう。あっくんやオジサンのような優しい人ばかりではないことは、アタシにだって想像できた。
それでも、出会いやつながりは大切にしたいと思えた。居なくなってしまった彼との日々は、今のアタシを支えてくれる。学校や社会で、新しい友人や先輩と出会うのはワクワクする。
過去の出会いも、未来のつながりも、アタシに寄り添ってくれる気がするから。
「……あっ」
夢のなかであっくんと座った岩の傍に、花が咲いていた。名前は分からなかったが、可愛らしい白い花が、つがいのように交じり合っていた。
数滴だけ、涙を流した。悲しくはなかった。
「さよなら、あっくん。またね」
あ、人魚に浮気したら許さないぞっ。そう付け加えて、私は駆けだした。
もう、寂しくなかった。
いや……それは嘘。寂しいよ。
でも、大丈夫。アタシは頑張れるから。