いよいよ最後の階段に到着した。ここさえクリアすればゴールだ、なんてゲーム感覚でなければ耐え難い。
僕は大きく息を吸い込んで深呼吸をした。そして、ゆっくりと一歩ずつ石段を踏みしめる。
背中にひとすじの汗が流れるのを感じた。少し立ち止まり、ペットボトルの水を口に含む。さっきより鳥居が大きく見えるが、それでも中ほどまで辿り着いたくらいだ。
まだ半分か……と思ったが、すぐに「もう半分だ」と思い直した。
「ラスト一踏ん張り!」
僕は両足の太ももをパンパンと叩いた。力を振り絞り一歩踏み出したその時だった。
「頑張れ大和!」
背後からの声に振り返ると、そこにあったのは璃子の姿だった。
「璃子、やっぱり、あの璃子だよな」
「大和、やっぱり、あの大和だよね」
僕の口調を真似すると、璃子は笑った。
「なんでこんなとこにいるんだよ」
「夕焼けが綺麗だって、ホテルのレストランの人が」
「オールバックの?」
「うん」
璃子は潮風に吹かれた長い髪を左手でかきあげた。そう、立花璃子は確かに左利きだった。習字の時もドッヂボールの時も。
「彼氏は一緒じゃないのか?」
「彼氏じゃないし」
「ごめん、旦那さんか」
「何言ってんのよ、兄貴よ、あれ」
「え、兄ちゃん?……」
璃子は駆け足で階段を上り始めた。
「私、夕焼け見るから急ぐね」
「あっ、待って」
僕は璃子の背中を追った。不思議と疲れが消えていた。
そして、璃子と並ぶようにして最上段を踏みしめた。
「よし、せぇの!」
僕たちは、一緒のタイミングで海を振り返った-
「きれい……」
「きれいだな……」
僕の語彙力では、それ以外に表現する言葉が見当たらなかった。
鮮やかだけど、切なくて、
切ないけど、美しくて、
美しいけど、儚くて……
それは自然にしか生み出すことのできないもの。まるで時間が止まったような感覚だったが、空は赤から藍色へと確実に少しずつ移ろいでゆくのだった。
「さぁ、お参りしよっか」
「そうだな」
不思議な光景だけど、確かに璃子と僕は二人並んでお祈りをしている。僕はこっそり目を開けて璃子の顔を覗き見た。活発だった女の子は、綺麗な大人の女性へと変わっていた。
日が暮れた薄暗い商店街には人の気配が無い。僕たちは思い出話や近況について話をしながら歩いた。
「明日、親戚の結婚式があるから、せっかくだし兄貴と一日早く来たのよ。ヤツはサーファーだから、サーフィンを楽しみに来たみたいなものよ」
それを聞いて妙に安心する僕だった。
璃子は僕と同じ東京に住んでいるらしい。どうやら独身のようだが「彼氏は?」の一言が躊躇われた。別に不自然な質問ではないのだが、その答えを聞くのが怖かった。二十数年ぶりの再会で恋が再燃か? まさかな……