その時、薄暗さに紛れて黒い生き物が目の前を横切った。思わず「うわっ」と声が出た僕は、その生き物の行き先を目で追った。それは道の端でちょこんと座り、こちらを眺めているかと思えば「ミャア」と一つダミ声を発した。
そう、クロだった。
「クロ、何してんだよ」
「やだ、こんな所に猫の知り合い?」
「ちょっと訳あってね」
璃子はしゃがみこみ、クロの頭を撫でた。
「私も猫飼ってるの。サスケっていう男の子。独り身の寂しい私にとって彼氏みたいな存在」
「てことは?……」
「ん?」
「何でもない」
独り身の寂しい……確かにそう言った。僕は心の中でクロに強い感謝の気持ちを伝えた。
「ミャア〜」とクロが僕に向かって少し強い口調で鳴いた。それが僕には「意気地なし!」と言っているように聞こえた。
「なぁ璃子」
「あっ、ごめん行こっか」
「違う、えっと、もし良かったらこれから夕食でもどう?」
「そうねぇ……」と璃子は笑いながら腕組みをする。
「奢りならいいかな」
「もちろん!」
「冗談! 割り勘でいいから、行こっ!」
僕たちはクロに手を振ると、再び歩き始めた。その距離は少しだけ縮まった気がした。