昔の街道である商店街。少し赤みがかったアスファルトの通りを挟んで向かい合って古い建物が建ち並ぶ。玄関が格子戸の町家や年季の入った木製の看板を掲げる商店。通りには地蔵や石灯籠などが点在しており趣がある。歴史に興味がある訳でもないのに、石碑に記されたこの地の歴史に目を向けてみたりして感慨に浸ってみる。
さぁ、これから何処へ向かおうか。観光案内のガイドブックやウェブの情報には、あえて目を向けないようにした。どうせ一人旅だ。それなら一人しかできない旅をしてやろうと考えた。そう、つまり行き当たりばったりというやつだ。その場所で出会う人とのつながりから僕の旅を形作っていく。
「商店街をずっと真っ直ぐに行くと、坂の多い街並みに辿り着きます。私はそこの雰囲気が好きですよ」
朝食を終え、例のウェイターに尋ねた答えがそれだった。
元々、田舎生まれで田舎育ちの僕には、こうゆう風景はノスタルジックな気分を感じて心が落ち着く。
山の斜面に広がる古い住宅街。商店街から続く坂道は、大人三人が横に並べるくらいの幅である。その左右には、数メートルおきに細い路地が迷路のように広がる。両横に民家の壁が迫る路地は、人がすれ違うのもやっとの狭さで、どれも雰囲気が良い。路地を歩いてみたい気持ちを抑え、まずはこの頂上には何があるのか、そして、そこからの景色が如何なるものかを確認してみたかった。
しかし、長い坂道を歩く足の震えが日頃の運動不足を物語る。なんとか力を振り絞りようやく視界が開けた先には神社の鳥居があった。
「マジか……」
そう、境内へと続くさらに急な角度の階段が待ち構えていた。
「よしっ!」
ここで足を止めれば、これ以上前に進めない気がした僕は気合いを入れて階段を駆け上がった。足の感覚はいよいよ無くなり、そして激しく息が切れる。まるで運動部のトレーニングのように、登りきったと同時に倒れ込んで空を仰いだ。
雨上がりの空は澄み切っていて、ふわふわと漂う雲の白がよく映える。僕は大きく深呼吸をして、しばらく空を眺めた。
「大丈夫かい、にいちゃん」
突如として現れた麦わら帽子のおばあちゃんのアップ。僕は「うわっ!」と声をあげて体を起こした。
「こんなとこで倒れてるから心配したよー。良かった良かった」
「すみません、ありがとうございます」
起き上がって初めて気が付く。それは眼下に広がる大きな海。
「うわぁ、綺麗……」
「にいちゃん、旅行の人かい? 良かったら冷たいお茶でもやるから、うちに寄ってくかい」
「あ、はい……すみません」
背丈の小さなおばあちゃんは、背中が曲がっているせいでさらに小さく見える。腰の後ろで手を組みながら「よいしょよいしょ」と歩くのだが、足元がフラつく僕なんかよりずっと軽快な足取りだ。
「大丈夫かぁーい」
「すみません、気にせず行って下さい。ついて行きますから」
僕の言葉におばあちゃんは細い路地を遠慮なくどんどん進む。「ついて行く」とは言ったものの道がジグザグと不規則に曲がっているので、少しずつその姿が見えなくなり、やがてYの字になった分かれ道に着いた時には完全に見失っていた。しかし、僕にも意地がある。必ずおばあちゃんの家に辿り着き、冷たいお茶で喉を潤してやるのだ。
「どっち行ったんだろ……」