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『足跡レストラン』塚田浩司

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 夫は何を食べているのだろう。ちらっと覗いた。それに気付いた夫が答えた。
「これな、婆ちゃんが昔作ってくれたリンゴの煮物。実家はリンゴが腐るほどあるから煮て食べたりもするんだ。でもビールには全く合わないな」
 夫は苦笑いを浮かべながらも嬉しそうにリンゴの煮物を頬張る。
「ねえ、ここのコースはどういう仕組みなの?」
 不思議だった。夫が私の思い出の料理をお店に伝えていたのなら分かるが、アサリの甘辛煮の思い出は夫にも話したことがない。どこからも仕入れることが出来ない情報なのだ。
「それがな、おかしな店で、どういうわけか思い出の料理が出てくるんだよ。本当におかしいな」
 おかしいと口で言うほど疑問には思っていないらしく、夫はビールとリンゴの煮物を楽しんでいる。
 次の料理は八宝菜だった。ウズラの卵が大好きで兄妹と取り合いをしたことを思い出す。平等に分けても、「だれだれが多く食べた」、と兄妹げんかの元になった料理だった。その次はクリームシチュー。家の母は横文字の料理が得意ではなかったが、頑張って作ってくれた。今食べてみると美味しいとは言えないけど懐かしい。夫の方にも私とは別の料理が運ばれてくる。
 店員が相変わらずの無表情で淡々と料理を運ぶ。ここで初めて私と夫に同じ皿が置かれた。
「懐かしいだろう?」
「ええ。そうね」
 夫はオムライスの上のケチャップをスプーンで平らに広げた。このオムライスは今流行りの半熟のとろーりとしたものではない。チキンライスを薄いたまごで巻いた昔ながらのオムライスだ。夫と初デートの時に食べたものだった。夫とは友人の紹介で知り合った。第一印象はよく言えば誠実そう。悪く言えば冴えない人だった。
「美味しいオムライスが食べられる洋食屋があるんですが一緒に行きませんか」
 肩に力を入れて、緊張を顔いっぱいに広げた夫からのデートの申し込み。おどおどしてはいたが、一生懸命な夫を見て好感を抱いた私は、即座に首を縦に振った。そのオムライスデートがキッカケで私たちは交際に発展した。
 初デートのお店だからという理由でそれからしばらく通ったが、それも、もう昔話になってしまった。それにあの初々しかった夫はもういない。態度も体つきも込みでいい意味でも悪い意味でも太くなった。
「あの洋食屋、もうないんだよ」
 淋しそうに夫はつぶやいた。私も「そう」と言うだけで言葉が続かなかった。
 次に鯛の塩焼きが運ばれた。これも夫と私、同じ料理だ。
夫と私は三人の子宝に恵まれた。出産して退院した日にはいつも鯛の塩焼きを食べた。尾頭付きではなく切り身だったけど、すごくお目出たい気持ちになったことを覚えている。
 その後も何皿か夫と同じ料理を食べた。出てくる料理も不思議だったが、さらに不思議だったのは何皿食べても全くお腹が膨れないことだった。そのことを夫に問うと「この店は思い出を食べる店だからさ」とキザなセリフが飛び出し思わずくすりと笑ってしまった。
 ここまでは良かったのだが、ここから夫と私とで料理内容が変わってくる。夫には、蕎麦で私にはカレー。夫にはマグロの握り寿司で私にはキムチ鍋といった具合に。

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