コンシェルジュは軽やかに町へ繰り出す少女を眩しく思った。ここでの時間が、彼女にとって安らぎになったのなら本当に良かった。最初、このホテルの情報交換をすべて掲示板にすると言ったときスタッフにはかなり反対された。しかし結果的には情報と効率化に疲れた人々の憩いの場になっているようで、コンシェルジュは自分がまだ役に立てる場所があると思った。
しばらくホテルの外を眺めていると、後ろから
「あの子、私の葉書受け取ってくれた?」
と声がした。振り返ると、そこには多田様、もとい私の姪の多田菫が立っていた。
「菫ちゃん、起きてたんだ 」
「やっぱり叔父さんのホテル、最高だわ。蟹ちゃんは私の葉書受け取ってくれた?」
「うん。とても喜んでいたよ」
「やっぱりね。私、絶対あの子と友達になりたい、繋がりたいって思ったわ。だってあの子、人を大切にできるって思ったんだもの」
菫はコンシェルジュの隣に立ち、ニコリと微笑む。
「私、大学を卒業したらここに就職するわ!叔父さんの後を継ぎたいの」
「それは楽しみだな。ただここで働くには、まずお酒を飲んでバーでナンパするのはほどほどにしないとね」
「ええ!?お酒とナンパはセットでやるから楽しいのに! 」
コンシェルジュはそんな菫を見て笑ったあと、振り返ってホテルを見上げた。入口の看板には、このホテルの名前が刻まれている。それをしばらく見て、コンシェルジュはロビーへと戻っていった。
「ちょっと、待ってよー!」
菫もコンシェルジュの後を追って、ホテルへ戻る。
しばらくすると、ホテルの前に荷物を持った青年が一人やってきた。彼は小さく息をつくと、『ホテル・イノセントワード』のロビーへ足を踏み入れた。