ちょっと待ってほしい。このホテル内に関することだけ掲示板でやり取りするんじゃないの!?
「あの、それはちょっと困るんですけど」
「と言いますと?」
「だってその…、ないと困るし、友達とか!仕事の電話も来るかもですし…」
「申し訳ありません。当ホテルでは、連絡は掲示板でと決まっておりますので」
私は少し考えたが、おとなしく鞄からスマホを取り出し、男性に渡した。どうせ元恋人からも元親友からも、連絡は来ないんだし。男性は私のスマートフォンを、まるで金塊を扱うかのようにうやうやしく受け取り、ルームキーを私の 前に置いた。
「それでは、ごゆっくり、素敵な時間をお過ごしください」
部屋に入ると、私は鞄を放り出してベッドにダイブした。ふかふかな感触が私を包み込む。ベッドに向かって「はあぁ」 と深いため息をついた私は、途端に深い喪失感に襲われた。もう恋人の胸の中の温もりを味わうことはできない。もう親友のハスキーな笑い声を聞くことができない。そう思うと自然に涙がこぼれてきた。
「いかんいかん」と起き上がり、雑音を取り入れようとテレビを点けようとした。しかし、部屋のどこを探してもテレビが見当たらない。そこで私は、先ほど見た掲示板を思い出す。ニュースや天気の記事が貼ってあったのは、テレビがないからだったのか…。
肩を落としそうになるのをこらえて、部屋を出る。確かロビーにカフェがあったから、あそこでコーヒーでも飲もう。
1階に下りてカフェに行くと、私の他にも数名、コーヒーを飲みながらくつろいでいる客がいた。カウンターへ向かい、ウェイトレスの女性に「おすすめは何ですか?」と聞いてみた。
ウェイトレスの女性は 、少し恥ずかしそうにしながら
「カフェラテはいかがでしょうか?」
と聞いてきた。ふとカウンターの上にあったメニューに目をやる。どうやらラテアートをやってくれるらしい。
「じゃあカフェラテでお願いしま す」
「あ、ありがとうございます!可 愛くしますね!」
ウェイトレスの女性があまりに嬉しそうだったので、こちらもつい笑ってしまった。会計を済ませて、近くのソファ 席に座る 。小さく息をついた私は、改めてロビーにある大掲示板を見た。
掲示板には、表面だけでなく裏面にもビッシリと情報が書き込まれている。そしてその中には一部、「ここを出 たら孝人に会う」「あなたに気持ちを伝える」 といった書き込みもあった。
きっとここから出たときに伝えられるように書いたんだろうなぁ。ああいうことを書ける人が、今は羨ましい。だ って私は、ここを出ても、会いたいと思える人がもういないのだもの…。
その事実を改めて突き付けられているようで、涙が溢れてきた。ヤバい…。テーブルの紙ナプキンに手を伸ば したその時、ウェイトレスの女性がカフェラテを持ってやってきた。
「大変お待たせ致しました。カフェラテになります」