先生の激怒。だって今どきカードキーの使い方なんて中学生でも分かるのに、さっきの客ときたら「これをこうね?」などと何回も同じ事を訊いてきやがった。あまりにもしつこいから、つい「これをこう」「分かる?」などと、小学生のガキでも相手するみたいな態度をとってしまった。まぁ悪いという自覚はあるが、まさかこの程度でクレームなんて――。
「あのなァ木村。イイか? お客様はな? お前たち高校生の将来を思って、あえてクレームをおっしゃってくれてるんだよ。分かるか?」
「分かんねぇッス」
「なにィ?」
「あえてクレーム? 全然意味分かんねぇッス」
「あのなァ木村。イイか? このホテルはな? お前たち高校生の勉強の場なんだよ。そこにな? お客様はお金を払って、あえて泊まりに来て下さってるんだよ」
「そうかなァ」
「なにィ?」
「ぶっちゃけ安いから泊まりに来てるだけじゃないッスか? それに高校生がホテルやってるっつー珍しさもあるし――」
先生はそこで大きなタメ息を吐いた。俺に論破されてぐうの音も出ないのだろう。
「あのなァ木村。イイか? お前一人の身勝手な行動でな? クラスのみんなが迷惑するんだよ。イイか? お客様はな? お前一人の行動で、このホテル全体を評価してしまうんだよ。お前みたいに悪い態度をとる奴がいたら、真面目に頑張っている他のみんなまでそういう目で見られてしまうんだ。分かるな?」
「分かんねぇッス」
「……」
先生はこめかみをポリポリと掻いた。正直、叱られるのには慣れている。学校の教室や廊下で怒られた時はいつも、仲間に向けてピースするくらいだ。
暫しの沈黙の後、先生が言った。
「お前、もう一回三年生やるか」
「ハイ?」
「お前、留年」
「はぁぁぁぁぁ? 留年? なんでそうなる――」
「お前なァ。ここでの仕事は国語や英語と同じ、授業の一環だって何回も言っただろう? お前の接客態度はハッキリ言って赤点。落第」
「だ、だからっていきなり留年なんて――」
「お前なァ。これがもし本物の社会だったら、お前みたいな奴は即クビなんだよクビ」
「本物の社会だったら給料くらいくれると思うンスけど」
「なんだとォ!?」
眉間に皺を寄せる先生。こうなりゃ売り言葉に買い言葉だ。
「つかもう別にイイッスよ留年で。ハイハイ留年ね、ラッキー。このままずっと高校生のままで――」
「ほォ? 本当にイイんだな?」
「別にイイッスよ」