「誰かのことをそこまで考えられるなんて、素敵なことですよ。」
本心だった。私は本当は虚栄心の塊で、小説で芽が出ないことを察すると、就職活動で人気の広告代理店に入ることに目標を変えた。今は、毎日が忙しくて、恋をしている余裕などない。自分のことで精一杯なのに、やっぱり何者にもなれない。そんな私にとって、一途に人を好きでいられるのは羨ましいことだった。
「ありがとうございます。私の好きな人、同性なんです。」
「いいじゃないですか。告白してみたらどうですか。恋しているあなたが羨ましいです。」
「なぜですか?」
「私は、自分の夢にしか興味がもてない寂しい人間です。」
「あなたはあなたのままでいいんですよ。その夢、本当に追っていますか。」
私は、掲示板の中から話し相手の声を聴き分けていた。その作業はまるで、雑踏の中で親友の声を見つけるように簡単なことだった。確かに、私は、高校生のときの夢を一度捨ててしまっている。
「少し、本当の夢を忘れていたみたいです。」
「じゃあ、今すぐ再挑戦しましょう。」
「あなたも、その人に告白するなら。」
「一緒に頑張りましょう。」
ホテルの部屋に戻った私は、さっそくこの原稿を書き始めた。誰かが、弱く、でも確かに私の背中を押してくれた。それは、バーの奥にいた制服姿の女の子だったのかもしれないし、違うのかもしれない。