わあお。私は呟いた。彼女はある意味、夢を叶えている。
封筒が届いてから数週間、私はホテルとミチルのことを考えながら日々を過ごした。仕事では、クライアントは皆「お洒落なイメージを創り我が社のファン層を増やしたい」とか、「体験型にして会員数を増やすプロモーションを考えてくれ。」とか、難しい問いを投げかけてくる。企画書を作っても作っても、私よりも発想力豊かな先輩の企画ばかりが採用される。もちろん、入社して数カ月なのだから当たり前なのだろう。「はい、次。」そう言って私の企画を飛ばす笹川部長が、とてつもなく冷たい人間に思えてくる。私は早くどこかに居場所がほしかった。どこかで認められないと、誰かと繋がれないと、生きている心地がしない。
早く就業時間から解放されたい、とも思った。そして、「おもしろいホテル」とやらに泊まるのだ。でも、ホテルのことを考える度に頭の中で無邪気なミチルが笑う。
「宣伝なら私に任せて。インフルエンサーミチルだよ。」
そう言う声が聞こえてくるようだ。私が会社という組織の中でもできない広告代理店の使命を、ミチルはたった一人で担っているのだ。そう考えるとなんだか自分がとても情けなく思えてきてしまった。
12月20日。やっと、ホテルに泊まれる日がやってきた。久しぶりのオフでもある。私は、チケットで指定されているビルの中に足を踏み入れた。
まるでオフィスのような場所だった。完璧なメイクをした受付嬢にチケットを見せる。すると彼女は、パンフレットを手渡した。チケットと同じ、金文字が印刷されている。
「ファニーホテル3箇条。
1.隣の着替え室で変装をすること
2.ホテルスタッフ以外誰とも話さないこと
3.支給されたスマートフォンで、心のままを打ち明けること」
あっけにとられて読み終わると、受付嬢が洗練された笑顔を向けた。
「では、こちらへどうぞ。」
案内された部屋には、様々な衣装が置いてあった。学校の制服や浴衣、革ジャンなどジャンルは様々だ。化粧台の前には金髪のかつらやサングラスなどが置いてある。
「普段と違う姿で、普段思っていることを思う存分打ち明けて下さい。」
「では、現代を生きるリカ様に、癒しが訪れますように。」
そう言うと、スタッフは風のように姿を消した。私は、部屋の中を歩き回ってみる。ファニーホテルか、そう呟くとつい笑みが漏れる。確かにミチルが言った通りだ。
私は高校の制服を着ることにした。このホテルで会う人たちとは一期一会なのだから、恥を感じる必要もない。リボンを結び、ブレザーに袖を通すと、最も楽しかった高校生時代が甦って来る。
私は、スマートフォンとルームキーを持ってフィッティングルームを後にした。
部屋は、いたって普通の部屋だった。違うのは、私の格好のみだ。スマホを見ると、通知が来ている。