『観音になったチューすけの話』
入江巽
(狂言『仏師』)
俺たちは半年間、「仏師作戦」と名付けた計画のため、ひたすらに準備のし続けやった。三十三間堂にも三十回以上は通い、忍び込むための予行練習も、何度も夜中行った。そして今日。時間が止まった世界、今度は動かしたんねん。
『大文字百景』
今泉きいろ
(『富嶽百景』太宰治)
京都五山の送り火。大文字山の「大」が最も有名だが、ほかにも4つの送り火が焚かれる。私は自宅から一番近い、「妙法」の字を見上げた。闇の中に浮かび上がる文字は、なにやら神秘的で妙に美しく、それを見て私の心は沈んだ。
『雪まろげ』
貴島智子
雨月物語『菊花の約』
真っ白い小さな芯が転がって柔らかな雪を次々と纏い、大きな固まりになる。それが雪まろげ。二人の侍はまるでじゃれあう仔犬のように白銀の世界を駆け回った。その足跡は、空が明るくなる頃には縦横無尽な広がりを見せていた。
『役所のおうさま』
原豊子
(『裸の王様』)
「俺がこうやって来てるんだぞ! なんだその態度は!」怒号とともにテーブルをたたく音が、区役所に鳴り響いた。集まる視線、職員の怯えきった顔―菅内康夫、五十五歳。ライフワークは区役所の公務員を鍛え直すことだ。
『クリスマスの聖霊たち』
和木弘
(『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ)
独身の五十男にとって、クリスマスにいったい何の意味があるというのだ。ましてや失業中の我が身にとって、街の浮かれた風景は目障りでしかない。気が付くと、俺は一人で暗闇の中にいた。杖をついた老人が俺を手招きしている。
『きこえる』
鈴木まり子
(『蛇婿』)
「きっと、へび神さまのしわざや。」鳴り響く無人の電話ボックスのベル。エリは、おそるおそる受話器をとる。電話ボックスを出たエリは、その場に座りこみそうになった。あたりのビルが消えていた。道路も、街灯も、ない。
『長靴を(時々)はいた猫』
福井和美
(『長靴をはいた猫』)
トラはさすが『長靴をはいた猫』の血をひくだけあって、赤い長靴をはいた足で上手に二足歩行ができました。愛らしい姿はあちこちで評判になり、ツイッターやブログで紹介され、たちまち人気者になっていきました。
『耐えろサトル』
小野塚一成
(『走れメロス』)
彼は突如襲ってきた強烈な便意と戦っていた。頭の中では一人二役。「目的に向かって走っている俺はまさしくメロスであり、さらにその走る俺をひたすらに信じる俺は、メロスであると同時に彼の友人、セリヌンティウスだな。」
『かちかち山のこと』
青色夢虫
(『かちかち山』)
私は、かちかち山のタヌキが、実はお婆さんを殺しておらぬこと、そして、タヌキがなによりの善タヌキであったことをここに証言したいだけなのである。つまりは、タヌキの名誉を回復したい、その一心なのである。