『鬼の定義』
藤井あやめ
(『桃太郎』)
今宵は、桃から生まれた<彼>の誕生日パーティーが、ここCLUB Peachで盛大に行われようとしていた。人々は<彼>を慕い、絢爛華麗な時間が流れる中、肝心の<彼>の心は痛みだ出す。崇められ、神格化された<彼>の正義とは何か、鬼とは一体何なのか。
『疑似恋愛』
太田純平
(『擬似新年』大下宇陀児)
配達業者である私は、新年一発目、銀座の路面店の靴屋に納品をした。その検品作業を、なんでもかんでも言葉の頭に「お」を付ける五十代の男と、なんでもかんでも「MF」等とよく分からない略語を話す二十代の女が担当した。私は退屈凌ぎに、「もしこの二人が恋愛をしたら」という妄想の旅に出る。
『金魚姫』
宍井千穂
(『人魚姫』)
女子高生の朱莉は、毎日クラスメイトからひどいいじめを受けている。唯一心が安らぐのは、教室の金魚に餌をやるときだけ。そんなある日、夢に金魚だと名乗る女の子が現れる。金魚は、飲めば魚になれるという人魚姫の薬を差し出すが……
『悟らずの筆』
森江蘭
(『徒然草』より『仁和寺なる法師』)
隠遁する兼好法師のもとを訪れた一人の僧。石清水八幡宮を詣でた土産にと兼好に一本の筆を手渡す。彼は筆を兼好に渡すや、涙を流しながら訥々と自らの過去を語り始める。彼が語る石清水八幡宮と筆にまつわる思い出とは…。
『高貴な姫君』
中崎杏奈
(『竹取物語』)
町で有名な五人のかぐや姫。彼女たちのクラスにとある転校生がやってくる。美しい彼に、少女たちは心を奪われしまう。自分だけのものにしたいかぐやはその想いを転校生に伝えるのだった。
『時の流れ』
広瀬厚氏
(『浦島太郎』)
小さな劇団を運営する澤田は、大きな話が舞いこんで、ついその話うけたさにいい加減な出鱈目を口にしてしまう。出鱈目を真実にしなければならない、けれど時間が無い。時間が欲しい、と焦るほどに時間が流れる。
『冬のウェルテルは片目を閉じて口ずさむ』
柘榴木昴
(『若きウェルテルの悩み』)
恋に破れ自殺したウェルテル。ウェルテルに自身を重ねながらもその虚しさを語り、自身の恋にさいなまれるミノル先生の手記と僕の話。
『蒸気機関車』
LAP
(『蜜柑』)
男は姉の七回忌で故郷を訪ねた。そこは観光地化しており、休日には蒸気機関車が走っている。帰途、旅気分でも味わおうと、機関車の指定席に乗った。すると、コスプレに身を包んだ若い女が男の前の席に乗り込んできた。「写真撮るから窓開けるわ」「煙が入るぞ」「うぜー」女は窓を全開にした・・・
『人間犬』
太田純平
(『人間椅子』江戸川乱歩)
着ぐるみ製作会社に勤めている私は、金澤家の奥様に惚れていた。金澤家の庭先にはゴールデンレトリバーが飼われていて、いつしか私は「あの犬の着ぐるみを作って、私が本物と入れ替わってしまおうか」と思うようになった。いざ着ぐるみを作り、計画を練って、私はいよいよ「人間犬」になる!