『桃太郎異本集成』
森本航
(『桃太郎』)
昔々ある所に、お爺さんとお婆さんが恐らくいました。お爺さんは蓋し柴狩りに、お婆さんは大抵洗濯に。川からは概ね桃が流れてきて、そこから生まれた多分男の子桃太郎は、何らかの理由で鬼退治に屹度出かけた。『桃太郎』の「こうでもある」物語的可能性を拾っては捨て、桃太郎たちは進んでいく。
『ぼそぼそ』
多田正太郎
(芥川龍之介『カチカチ山』グリム兄弟『白雪姫』)
ボソボソと話し声。男なのか女なのかもわからない。いやいやそれどころか何処なのかもわからないのだ。全てが混沌としていた。そんな世界。いや、云いようのない幻想めいた渦中に 漂う世界。二人ではなく、独白かも。とにかく、混沌として分からない。
『ホントの気持ち』
山本康仁
(『鶴の恩返し』)
「見ないで」と言い続けて三週間。香苗はいまだ一度も覗かれたことはなかった。コールセンターに連絡し、どうすれば覗かれるのか相談する香苗。このまま見られなければ、香苗は元の生活に戻れない。香苗の不安をよそに、裕樹は毎晩笑顔で「絶対に見ないよ」と約束する。
『桃の片割れ』
手前田二九男
(『桃太郎』)
木箱に入れられた双子の赤ん坊が、川に捨てられた。木箱は拾われ、桃太郎と名付けられた一人が、じいさんとばあさんに育ててもらうことになった。もう一人は、そのまま川に戻され、やがて小さな島に辿り着いた。
『鉄砲撃ちと冬山』
清水その字
(宮沢賢治『雪渡り』)
雪の降り積もった冬の山に、クマの足跡が見つかった。そんな中で子供が山へ入ったきり、帰ってこないという報せ。猟師たちに招集がかかり、捜索が始まった。町の猟師の一員である「俺」も、『おキツネ山』と呼ばれるその山へ向かった。万一に備え、銃を携えて。
『猫の記憶』
柿沼雅美
(『黒猫』)
麻美がソファの上で泣いている。クローゼットに閉じ込められた猫のルルは、同じ大きさの死体のようなぬいぐるみを噛みながら、麻美にどうしてあげようかと考える。ルルはそのぬいぐるみをクローゼットに仕舞い込んだ麻美の理由を知っていた。
『ヘブン・ゲート』
木江恭
(『羅生門』『蜘蛛の糸』芥川龍之介)
高校一年生の千由紀は、幼馴染の菅田恵那がホテル街の入り口『ヘブン・ゲート』を潜るのを見た。男勝りだった恵那は高校入学を機に、外見も素行も別人のように派手になっていた。千由紀にはわからない。かんちゃん、どうして変わってしまうの?わたしたち、まだ大人になんてならなくていいのに。
『川からの物体M』
大前粟生
(『桃太郎』)
おばあさんに拾われなかった桃はこんなはずじゃなかったと思って川を逆流して、また川を流れていくが拾われず、また川をさかのぼり、流れ、さかのぼり、流れることを繰り返して時間が経った。そんなある日、おじいさんが川へ洗濯をしにくるがやっぱり桃は拾われず、自力で岸に上がる。
『ユキの異常な体質/または僕はどれほどお金がほしいか』
大前粟生
(『雪女』)
記録的な吹雪の日、突然ひとりの女が部屋に現れた。女がふぅっと息を吹きかけると、ねむっていたパパの顔がみるみるうちに青ざめていって、死んだ。女は次の冬にも部屋にやってきてパパを殺した。そして僕はお金目当てで女と暮らしはじめて、ある朝起きるとバケツのなかに水がたまっていた。