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『垢を脱ぐ夜』一二三季子

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 私はドキッとしながら、タツさんに見えるように首を傾けた。
「お、あった!いいね」
 タツさんに見えないように、私は口を手で覆った。ドキドキしすぎて泣きそうだった。
 最後の花火が打ち終わり、観客が帰路へ移動をはじめても、名残惜しくて立ち上がれなかった。
「花火きれいでしたね」
 私が言うと、タツさんも、きれいだったねと言った。少し沈黙が流れた後、
「電車すごい混んでるね。何本か後なら乗れるかな」駅のほうに向かってごった返している人混みをみて2人で苦笑いした。立ち上がって帰り支度をはじめる。駅が近くにつれ名残惜しさがつのった。
「新宿まで歩きます?」
 私が意を決して言うと、タツさんは私の足元をチラッとみた。
「でも、草履大丈夫?」
「全然平気みたい」
「じゃあ、歩いてく!」
 私達は神宮球場から新宿駅までゆっくりと足を進めた。タツさんが途中のコンビニでアイスを買ってくれた。暑さですぐに溶けたので、2人で急いで食べた。
「俺花火大会行くのはじめてだったから楽しかった」
「え!うそ!」
「ほんとほんと!」
「私と一緒だー」
「そっちこそうそ!」
「ほんとだよ」
 お互いが照れ隠しをしあってこそばゆかった。夜になっても暑さは続き、首から鎖骨までしっとり汗ばんでいた。鼻緒のあたりが少し痛い気がするけど、あまり気にならなかった。花火大会からの帰路にいる観客の声と混ざるセミの鳴き声、コンビニの光や街頭の明かりで足元は照らされ、夜空の星はポツポツと控えめに光る程度だった。この時間は夢のようでいて現実的で、エモーショナルな気持ちの中にたしかにこの人が好きだという確信があった。
「あの」
 たつさんにふと呼ばれ立ち止まる。コンビニの駐車場だった。タツさんの目が左右に泳いでいる。私は息をのんだ。
「あー好きです。付き合ってください」
 少し早口で、へんなタイミングで、コンビニの駐車場 で全然ロマンチックじゃないのに、時間も喧騒もとまったかのように、今この時が永遠に続くような感覚だった。
「私も好きです、お願いします」
 すると自然と唇が触れた。ふにっとした感触を残して緩やかに離れた。
「花火大会のために簪買ったて言ってくれて嬉しかった。似合ってるし、かわいいし」
 タツさんのその言葉に、今日までのことが思い出され た。花火大会に向けて準備をして、浴衣と簪をえらんで、着付けの練習をして、美容室に駆け込んだ。あんなに着 付けの練習をしたのに当日になって上手くいかなくてど んどん時間が過ぎた。せっかくのデートなのに遅刻かもしれないと焦っていたけど、宮越さんがまるで魔法みた いに綺麗に仕上げてくれた。
「いってらっしゃい」
 送り出してくれた宮越さんの笑顔が心強かった。

 美容師さんは毎日の日常の中で関わり合うわけではない。頻度で言えば、月に1度、2ヶ月や3ヶ月に1度のときもある。その短いかかわりの中で、日常でたまったたくさんの垢を剥がし、お客さんに自信と新しい自分に変わるきっかけを与えてくれる。私はそういう美容師さんに出会うことができた。
「そんなこともあったよねー」
「懐かしいですねー。今じゃかわいいなんてもうめったに言ってくれないですよ」
「えー夫婦になっても言ってほしいよね!よし、ちょっと髪巻いとこ。気づかせよ」
 宮越さんはそう言ってアイロンをとりだし、仕上げに 軽くセットしてくれた。思い出話にたくさん花が咲いた。宮越さんは相変わらず明るくて素敵だ。
 私は今日も美容室で日常の垢を脱ぎ、魔法にかけられていた。

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