宮越さんは自信たっぷりに言うと最後に簪を通した。さっきまでボサボサだった髪は個性がありながらも洗練されて、本当に素敵にセットしてくれた。
「浴衣上手に着れてるね」
さらっと言った宮越さんの言葉が、これから好きな人に会う私に大きな自信をくれた。そして袖や襟元をさりげなく直してくれた。草履で移動しても間に合うくらいに時間に余裕をもって仕上げてくれたので、焦らず移動できそうだ。
「いってらしゃい。楽しんできてね」
宮越さんに見送られて私は店をでた。店に入ったときと、店をでる今では、私は別人のようになっていた。綺麗にセットされたヘアスタイルはもちろんのこと、美容室でかけてもらった言葉に励まされて自然と笑顔が漏れていた。
電車に乗り、待ち合わせの駅に近づくと浴衣姿の人たちが多くなってきた。電車の窓に映った自分をチラチラ確認した。やっぱりすごく素敵にセットしてくれたと改めて思った。駅に着くと思ったよりも人が溢れかえっていた。タツさんから「改札前にいるよー!場所は隣にいた夫婦の人たちにキープしてもらった笑」とメッセージがきていた。人混みをかき分けてタツさんを探すと、改札前にタツさんらしき人を見つけた。遠目にみても汗をたくさんかいていて、頑張って場所とりしてくれていたと思うと胸が焦げそうになった。
「タツさん!」
私が声をかけると、タツさんは笑いながらこっちにかけよった。
「場所とり、ありがとうございます」
「いやいや、とんでもないっす」
タツさんはすでにたくさん汗をかいていたようでTシャツが汗でぬれていた。
「暑かったですよね?待たせてすいません」
私が言うとタツさんは自分のくびをさすりながら笑った。
「ハナちゃんが浴衣着てきてくれたし、かわいいし、なんてことない」
照れながらも真っ直ぐそんなことを言われたのは初めてで、きっと私の顔は真っ赤になってる。夜が暗くてよかったと思った。
「そうだ、スポーツドリンク凍らせてきたやつ、あります!」
私は前日から冷凍庫に入れていたスポーツドリンクをとりだした。結露でペットボトルに水が滴っていた。
「うわあーありがとう!」
タツさんは私からスポーツドリンクを受け取るとすぐに開けて飲んだ。
「えっなんか異常に美味いんだけど」
タツさんの汗だくの身体を見れば納得がいった。きっと身体が水分を欲しているんだろう。
ドンッという音がふいになり、歓声とともに夜空に花火が咲いた。
「あ、はじまった!」
タツさんは空を見上げると、次には私の手を握った。私の手はペットボトルの結露と緊張の汗で湿っていた。恥ずかしかったが、そのまま手を引かれて歩いた。私の手を引くタツさんの背中をみて、なんとなく、ずっとこの人と一緒にいるのかもしれないと思った。暑さと恋心 にやられてどうかしているのかもしれない。それでもこ の瞬間はきっと歳をとっても忘れないんだろうと思った。タツさんがとってくれた場所は花火が綺麗にみえる特等席で、それでいて1番角なので出入りがしやすかった。隣で場所をキープしてくれていた夫婦が、おかえりなさーいと言ってくれた。タツさんは座布団や保冷剤、うちわ、お菓子などリュックから色々とりだして場所を整えた。パッと花火が光るたびに、おー!と声を上げる。
「そういえば、簪」
タツさんは私の後ろ髪をのぞいた。
「つけてきました」