みなさん、笑ってくれました。そこには微かな嘲りも含まれていたのでしょうが、そんなことは構いませんでした。とにかく周りのひとが笑顔でいることが、嬉しい。先生方も微笑んでおりました。桜の若葉までもが、さらさらと笑っているようでした。
「ほんと、思い切ったねえ」わたくしの髪を撫でながら真田さんが言いました。幸運にも彼女とは再び同じクラスになれたのです。
「お世話になりまして……じゃなくて、世話になったねえ」
「メド子っ。どうしたの」別のクラスメイトが駆け寄ってきます。
「イメチェンしたの。もう高校生だもん」
「あっはは、かわいい。なんだか親しみやすいよ。もうメド子じゃないね。雛ちゃんって感じね。いや、七五三て感じ」
まさにそうなのです。『元気な女の子 髪型』でネット検索していると、散見されるのはボブヘアーでした。あらゆるボブを見比べた結果、これぞという形にたどり着きました。幼児専門写真館の広告画像。前髪をばつんと切り揃えた、所謂おかっぱの幼い女の子。美容師さんにお見せしたのはそちらでした。この髪型ならば校則違反でないのはもちろん、前時代的な父の機嫌を損なう心配もありません。施術は大胆でした。ストレートパーマをあてた髪を、しょきしょきりと断ってゆく心地好い音。ああ。鋏をいれるたびに、自分の未来まで切り開かれてゆくようでした。
式の後は生徒手帳用の撮影、健康診断を終え、新しい教室での説明会があります。手帳が配られたので開いてみると、一ページ目にはこけしが満足そうに微笑んでおりました。歴代の写真と比べると阿呆みたいに見えますが、こちらの方がよほど幸せそうでした。
校庭に出ると穏やかな陽気で、時折ぬるい風が吹き、短くなった髪をくすぐるのが気持ち良くて。帰り際、真田さん達と正門を通る時でした。背後から大きな声で呼び止められたのです。振り向くと、去年同じクラスだった男子が、見知らぬ生徒を従えてこちらに手を振っていました。お分かりですね。
「メド子お、こいつが話あるんだって。賀上っていうんだけど知ってる」
「知りません。こんにちは」
「賀上です。よかった。真中さんの姿が見えないから、もっと頭の良い高校にいっちゃったんじゃないかって焦りました。随分イメージかわりましたね。ちゃ、チャーミングていうか。あ、僕一回も同じクラスになったことないです。え、いやああの」
あなたはどこか落ち着かない様子でした。初対面ですのに、見覚えのあるような表情を浮かべています。わたくしはハッとしました。それは、羨ましくてたまらなかったあの、親しい男女間のみで示すことの許された、秘め事めいた、甘やかなお顔だったのですから。
「本当は卒業式に言いたかったんですけど、真中さん、なにか考えこんでるみたいだったから。……僕、あなたのことが好きです。ずっと見てました。よ、よかったらお付き合いしてくださいっ」
鋭い目線で射抜かれて、わたくしかちこちになりまして。生まれてはじめて、『石』の感覚を理解した瞬間でした。周囲のどよめきが尻つぼみに聞こえなくなり、視界はびかびかくるくると。喉のあたりが熱く膨らみ、やっとのことで絞り出したカタコトで、如何にみっともないお返事を申したか、よくご存知でしょうからここには記さないでおきましょう。おわり。
お付き合いをはじめて、もうすぐ一年になりますね。あなたといるとまだ少し緊張するけれど、とても楽しい。わたくしが髪型を変えた理由を今でもしきりに尋ねていらっしゃるけど、恥ずかしいので誤魔化し続けるつもりでした。
ですが、いつもお優しいあなたに対して、過去を開陳しないのは卑怯ではないかという心持ちになってきたのです。おしゃべりよりも、書く方が冷静になれますので、こうしてはじめてのお手紙をしたためた次第です。できるだけ楽しく読んでいただきたく、物語調に仕立てました。多少脚色している部分はございますが、これがわたくしの来し方です。今度はあなたの中学時代の話をお返事下さいな。あなたを、もっともっと知りたいから。ではごきげんよう。
お慕いしております。