「メド子、こっちこっち」式が終わると、数人で集まり正門の前で記念撮影をしました。中学時代最後の写真ということで表情を懸命に繕いましたが、出来上がったものを見てみると、目はじろりとこちらを睨みつけ、片方の口角を上げた皮肉めいた笑顔がそこにはありました。不気味でした。皆といる時の自分はこんな顔をしているの。これならばメドゥーサと呼ばれても仕方がない。愕然として、とぼとぼと家に帰ったのを昨日のことのように覚えています。
春休み、わたくしは図書館から世界各国のジョーク集を借りてきて、メモを取りながら読み漁りました。人気のお笑い番組を録画しては何度も見直し、研鑽を積みました。両親の目を盗んで部屋にこもり励んでおりましたが、あるとき母が「雛美さん、最近表情が明るくなってきたのではないですか」と言ってきたので、成長を実感しました。
お友達の真田さんを自宅にお呼び立てして、会話の練習台になってほしいと言うと、彼女はぽかんとしてから吹きだしました。
「お願い申し上げます」
「その時点でダメだ。『練習台になれし。おねがあい』って言ってごらん」
「……」
「あ、またそうやって睨む。減点1ね。イメチェンするんでしょ、ビシバシいくよっ」
「睨んでなどないですっ」
「『睨んでなんかないし。まじうざいんだけど』。はいどうぞ」
「睨んでなんか、ないし。……ま、まじ」
「声が小さい」
厳しい特訓は何日も続きました。真田さんは少々おてんばですが、情に厚い方なのです。
「で、髪はどうすんの。お母さんと一緒の美容室だっけ」
「それはもう決めてあるの。入学式で驚かせたいから内緒よ」
「金髪とかにしてきたら、お父さんも先生も泡ふいてぶっ倒れるよ」
「ふふふ、お楽しみに」
春休みの終わる寸前まで、髪を切るのを我慢いたしました。周囲に露見するのはなるべく遅い方がよい、という判断です。美容室の予約の前日には『自撮り』の初体験をしました。買い与えられたばかりのスマートフォンのレンズに向かって、これでもかと睨みをきかせたおぞましいメドゥーサの画像は、自戒の意味も込めて大切に保存しております。
「いつも通りでよろしいですか」
「いいえ。今日は変身します」
「へんしん。珍しいですね」
「この画像のようにしてください」スマートフォンの液晶を見た担当の男性美容師さんは目を見開きました。
「え、これですか。ずいぶん変わっちゃいますけど」
「構いません」
「こんなに綺麗な髪なのに、ちょっとだけ勿体無いですね」
「いえバッサリと。おねがあい」
美容師さんは訝しげな顔をしながらも、そこは流石にプロですね。わたくしの希望通りの形をみるみるうちに仕上げてくれました。
「わあ。お見事」
「可愛らしくなりました。……長年ひとさまの髪を扱ってきましたが、ここまで印象をガラリと変えた方は初めてです。これはこれで、とても、お似合い、です」
どう見ても彼は笑いをこらえておりました。大成功と思い、心の中でガッツポーズいたしました。
家に帰ると、わたくしに気づいた父が「わっ」と叫んで、読んでいた経済新聞を放り投げて立ち上がりました。
「どうした雛美」
「ちょっとした気まぐれです。どうでしょうか。変でしょうか」
「い、いや変ってこたあない。すこし、驚いただけだ。うは。うはは」ぎこちない父とは対照的に、母は大喜びしてくれました。学校からも両親からも絶対に文句を言われぬであろう格好を吟味したのですから当然といえば当然ですが、わたくしは誇らしい気持ちなのでした。髪型を変えるということは、こんなにも自らの、そして周囲の気分をも変容させるとは。気づくと同時に、自分の見た目というものに対して興味が湧いてきました。もう高校生なのだから多少のお洒落ならば父は許してくれるだろう。許してくれずとも、強引に押し通すまで。わたくしは違う人間に生まれ変わったかの如き活発さを心に宿して、入学式の日を迎えました。