「動画とか、ネット中継で回答した方がイマっぽいし、子供たちに受けるんですかねえ?」
藤野はヘッドマッサージをしながら、北浦美咲に問いかけた。藤野は、北浦から預かったファイルにチラリと気にする。子供たちからの「美容師さんへ聞いてみたいこと」と題された用紙がA4サイズのファイルケースにビッシリと詰まっている。すると、気持ち良さそうにしていた北浦は少し難しい表情をした。
「職員の間でも、その議論はあったんです。リアルタイムにやりとりできた方が、職業体験の臨場感に近いんじゃないかって。でも、質問できる子とできない子が出てくるだろうという意見も強くて」
さくら小学校4年1組の担任、北浦美咲は月に一度「前髪カット+ヘッドスパ45分」のコースを自分へのご褒美として予約している。肩より少し長く伸ばしている髪は、普段は後ろでひとつに束ねているし、3、4ヶ月に一度カットれば良い。しかし、以前「最近勉強してきたばっかりなので、お試しで」と体験したヘッドマッサージがとても心地よかった。それ以来、ヘアトリートメントとヘッドマッサージがセットになっているヘッドスパは、北浦だけではなく、さくら小学校の先生の間では一番人気となっている。
頭のコリが取れるようでスッキリする、というのもある。けれど北浦にとっては、藤野との会話が何よりも気分転換になっていた。もちろん、小学校で起きたトラブルを話すわけにはいかない。その暗黙のルールを藤野が知っていることもありがたかった。イザコザが続いて北浦の表情が曇っている時には「小学校の前の花壇、キレイですよね。あれは、北浦先生も担当されているんですか?」などと当たり障りない話題を投げかけてくれることも嬉しかった。北浦にとっては「何でも」は相談できないが、カットの腕前だけでなく、信頼できるお兄さんのような存在だった。
実際に小学校から仕事に関わる依頼をするとは、北浦は考えてもいなかった。「子供たちに有意義なものになるよう努力します」と言ってくれた藤野に対し、北浦も「今日は仕事もあるんだから、リラックスしてられないわ」と少し気持ちの切り替えが必要だった。
「みんなの前で質問するのって、緊張しますもんね」藤野がいうと北浦はええ、とうなずいてみせた。「小学生だと、まだ美容室を利用したことない子もいますからね。お家で髪を切ってもらってる子もまだまだ多いです。特に男の子だとバリカンでぶぅぃいん、終了! みたいな子もやっぱりいますし。今どんなふうにお仕事をしているかっていう質問ではなくて、自分の髪で悩んでる子は悩み相談を書くかもしれないし」
「そうか。確かに、いろんな立場からの配慮が必要なんですね」職業体験にまつわるアンケートだとばかり思っていたけれど、どうやらいろんな質問がありそうだ。藤野は改めて気を引き締めた。
「藤野さんは、どうして美容師になられたんですか?」北浦が鏡越しに問いかけた。子供たちが書いたシートを見みると、結構多い質問だったんですけど、と付け加えながら。その質問に、藤野はうーんと少し悩んでからバツが悪そうな表情をして見せた。
「罪滅ぼし、ですかね。美容師になるきっかけは」
「罪滅ぼし、ですか?」意外な回答に、北浦は大きな目をさらに広げた。藤野は少し苦笑いをして、「25年も前の、思い出話になっちゃうんですけど」と前置きをして続けた。
「小学生のころに、女の子の髪をぐちゃぐちゃにして、泣かせちゃったことがあるんです」
藤野のその告白に北浦はあらら、と小さく呟いてみせて「藤野さんにもヤンチャな時代があったんですねえ」と言ってほほえんだ。
「そのころ、風船ガムを大きく膨らます遊びが流行ってて。誰が一番大きく膨らませられるか競争! みたいな。で、ちょっとふざけてたら膨らませたガムが女の子の髪にくっついてしまって」藤野はそこまでいうと、大きなため息をついた。
「僕は慌てて取ろうとしたんだけれど、それが余計ひどいことに……」