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『もねのこと』室市雅則

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 余裕が出て来たのかおばさんが声をかけて来た。
「さっき、静香さんが話していたでしょ。『予約席』のこと」
 何となく察しはついたので返事はしにくかった。でも、小さく頷いた。
「娘がね。もう亡くなっちゃったんだ、最後の連絡がその席の予約だったの。髪を切りに来る予定だったの」
 私は返事をしなかった。
「お葬式だってしたし、お墓にも入ったけど、いつか、もしかしたらって思いがあってね。笑っちゃうでしょ。でも本当に来たらどうしようかな。ちょっと怖いかも」
 おばさんが笑った気配が分かった。
「良し。これくらいでどう?」
 私は目を開けた。
 おばさんが言った通り、かなりバッサリと短くなっていて別人のようだった。
「自分で切っておいて何だけど、結構良い感じじゃない? 明るくなったって言うか。あ、お姉さんが暗いって意味じゃなくて」
 思わず笑ってしまった。
 笑えた。
 確かにおばさんの言う通り、明るくなった気がした。
「じゃあ、シャンプーしようか」
 立ち上がるために目線を落とした。
 ほんの数分前まで、私の一部であった髪が切られて落ちている。黒々としているけれど、すっかり正気がないように見える。私にくっ付いていた澱のようなものも、それと一緒に私から離れたような気がした。

 再びシャンプー台に仰向けになって顔にタオルが置かれる。さっきは中国のゾンビの気分だったけれど、今は違う。
 蛇口がひねられ、シャワーの音が聞こえ始め、おばさんが温度を確認するのが分かる。
「熱かったり、大丈夫?」
 頭に湯がかけられる。やはりちょうど良い加減だ。
「はい」
 シャンプーが満遍なく頭にかけられ、終わりのシャンプーが始まった。おばさんの心強い指が頭と髪を包み込み、リズミカルに優しく動く。
 気持ち良い。
シャンプーは洗い流され、おばさんに手を添えられて頭を上げた。やはりこの瞬間は、不思議な感覚だ。この人に支えられているような安堵。

 シャンプー台から立ち上がって、元いた席に戻った。
 おばさんがドライヤーを私の髪にかけ始めた。温かくて気持ちが良い。
 短くなって通りが良くなったせいか、あっという間に乾いた。
「ワックス付けて大丈夫?」
「はい」
 私は再び目を閉じた。
 おばさんはワックスを掌で伸ばして、私の髪をセットしてくれた。
「どうかな」
 目を開けた。
 あのカタログとほぼ同じ髪型をした私がいた。
「大丈夫かな?」
「はい。ありがとうございます」
「良かった」
 おばさんはマジマジと私を見た。
「生きてたら、こんな感じだったのかな」
 おばさんは私の頭を撫でた。ごつごつとした指先が心地良かった。
「あ、ごめん。お姉さんの方が可愛いや」
「そんなこと…」
 小さなホウキで私の首の周りやら肩の髪を払って、シートが取られた。
 立ち上がって、荷物を手にした。
 隣の席の『予約席』の札はまだ残っている。当たり前だけれど。
 お会計を支払う。
「東京の方?」
 おばさんが話しかけて来た。
「いえ、神奈川です」
「へえ。どうしてうちへ? あ、今さらだね」
「あの、たまたまです」
「ま、良かったらさ、また来てね。遠いけど。このカードに電話番号書いてあるから」
 睡蓮の画があしらわれ、『美容室もね』と書かれたカードをくれた。
「ここの横棒と丸は吹っ飛ばなかったよ」
 おばさんは笑った。
 私もつられて笑った。
「じゃあ、気をつけてね」
「はい。あの…」
「ん?」
 おばさんが首を傾げた。
「今度は予約して来ます。焼きそば、冷めちゃってますよね」
「ありがとう。お姉さん、お名前は?」
「アスカです」
「え、本当?」
 おばさんは驚いたように私をじっと見た。
「もしかして、娘さんと同じ…」
「ウソー。冗談。娘はアキって名前よ」
 おばさんが笑うと『予約席』へ向かって、あの札を手にした。
「それ…」
「生きている人に使わないとね」
 おばさんは札を自分のポケットへとしまった。
 長い間、主人であった札がなくなった椅子は黙ったままだ。
「また来ます」
「ありがとう」
 私は店を出て、車に戻った。
 ルームミラーで私は自分を確認すると、かなり小ざっぱりしたことが改めて分かった。あのおばさんに『また来る』と約束をした。自分の口から言った。
 エンジンをかけ、ハンドルを握って車を動かす。
 ウインカーを右に出して、来た道を戻ることにした。
 また来るために。

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