西へと走らせている車の中で、最後くらい綺麗にしておいても良いかなと思った。
窓ガラスに映った自分の姿はノーメイクで目が充血していて、髪もボサボサ。私が誰かに見つかる時には、意識はないし、そもそもボロボロになっているだろうから、恥どころではないだろうけど、最後への入口はちょっとくらいマシでいたい。だって女の子なんだもん。語尾に『もん』は、三十を超えた身にはちょっとキツいかなと自嘲した。
適当な所で高速道路を降りた。
何にもない。正確には、木があるし、道がある。そして、道の駅のような土産物屋と駐車場がやけに広いほうとう屋があった。どちらも閑散としている。
『市内』と書かれた標識に従って車を走らせる。片田舎とはいえ、街中には美容室の一軒くらいあるだろう。
しかし、それがオシャレな店であったら気後れして入れないだろう。だから、適当な感じの店があれば良いなと思う。
相変わらず木しか見えない道を走らせていると信号に止められた。ふと助手席側を見ると、『美容室しわ』と書かれた昔ながらの花の渦巻の看板が突き出た一軒家があった。
ここだと思った。天の導き。誰も最初に見つけた所に入れと言われたわけではないが、こういうのは縁起物だ。ウインカーを左に出し、信号が青になるのを待って美容室の駐車場に入った。
美容室に『しわ』なんてちょっと変だけど。
店の前に立つ。
二階建ての白い壁の一軒家で、渦巻看板には『美容室しわ』とあったが、扉に貼られた小さな看板には『美容室もね』とある。どういうことだろう。
『営業中』のプラスチックの札がぶら下がっており、ガラス越しに見える店内には二つの椅子が並んでいる。店員さんの姿は見えない。
ガラス戸を引くとピンポーンと来客を知らせるチャイムが鳴った。
「はーい」
紐のれんの向こうから女性の声が聞こえた。
「ちょっと待ってね」
何かを炒める音が聞こえる。ソース焼きそばの匂いがした。音が止まって少しすると私の母と同じくらいの年齢の女性が現れた。紐のれんが開いた隙間から食器用洗剤が見えたので、きっとそこは台所なのだろう。
「あら、お客さん?」
大きなヘアバンドをしてレゲエが似合いそうな陽気な女性だ。母も陽気な方だったので、存命ならばきっとこんな具合だったのかもしれない。
「おばさんの美容師で大丈夫かな?」
どう答えれば良いのだろう。確かにおばさんだけれど、面と向かってそうは言えない。答えに困っているとおばさんが次の言葉を発してくれた。
「カットで良いかな?」
「はい」
良かった。
「お席にどうぞ」