自分を演出するのが女子高生なら、私はまだそこにはいけないのかもしれない。そんな卑屈な気持ちが目の前を暗くする。
「自分に似合う髪型がわからないです。特にやりたいヘアスタイルがあるわけじゃなくて…」
エミリさんは少し考えるそぶりをした後、かがんで春香と目線を合わせた。
「どうして、髪を切ろうと思ったんですか?」
「どうして…?」
数時間前、表参道にいた時間がフラッシュバックする。
3人の背中を見つめながら、鏡に映る自分は何故かくすんで見えたのだ。
「最近、周りのみんなが可愛くなって。
私もあんな風になりたいと思ったんです…」
自然と声が尻すぼみになっていく。本心を口に出してしまうとどうにも恥ずかしくなってしまって、エミリさんの顔を見られなかった。
美容室でこんなことを言う人はいないだろう。
「…いいですね。私、すごく燃えました!
絶対可愛くなりましょう!」
「イメージでもいいです。なりたい自分の姿ってありますか?」
エミリさんはニッといたずらっぽい笑みを浮かべると、春香からカタログを取り上げた。
春香の髪を様々な角度から見つめるエミリさんの髪が揺れる。それは何度見ても、何回見ても飽きないほどに綺麗だ。
「エミリさんみたいになりたいです」
エミリさんは一瞬固まったかと思うと、すぐに顔を崩して「嬉しいなぁ」と笑った。
じゃあ、こちらでアレンジさせていただきますね、と言葉に乗じてしまってからは早かった。
首元まで切った後にカラー剤を塗りこんでいく。頭皮がチリチリと痛んで、わさびを食べた後のように鼻の奥がツーンとした。
髪の毛がクリームだらけになり、全貌が見えなくなってからは、高揚する自分を隠すように雑誌を読むことに集中した。
「どうですか?」
エミリさんに言われて顔を上げると、そこには茶髪の、正確にはうっすら赤い茶色の髪をしたボブヘアの春香が映っていた。
エミリさんのように美しい女性ではないけれど、確かにそこには制服の女子ではなく、女子高生が見える。顔も服装も変わっていない。それは不思議な感覚だった。
「ありがとうございました」
エミリさんの名刺を大事にお財布にしまって、いつの間にか怖くなくなった店内を通り抜けて、重いドアを軽々と開けた。
駅へ向かう足は軽やかで、耳元で跳ねる髪の毛はなんだかくすぐったい。
まずは明日、みんなは何て言うだろうか。
これからはじまる高校生活に期待を膨らませながら、春香は電車に飛び乗った。