「うわっ、人すごいね」
不安に飲み込まれつつあるところに、佳代子と沙織がやってきた。少し後ろから朱莉の姿も見える。
3人の姿はまるで救世主だ、と春香は思った。きっと、この混沌に続く道においても、仲間と一緒であれば怖くはない。
4人はさっそく渦の中へと身を溶かすことにした。
気になるお店に3件ほど立ち入ってから、春香は自分の中で違和感がゆるく回り続けていることに気が付いた。みんなと合流して、憧れの表参道にいるというのに。
身体を横に向けなければ進めない狭い店内を進んでいく。ところどころに配置された鏡と目を合わせた瞬間、これだ、と言わんばかりに頭上のベレー帽が跳ねたような気がした。
チェックのシャツに、デニムのスカート。姉の見立てを取り入れながら、自分なりに完成させたお洒落は3人の路線とはどこからどう見ても違っていた。
肩を出して大人っぽい雰囲気を醸し出す佳代子に、デニムジャケットでクールに決める沙織。シフォンスカートをたなびかせる朱莉も、表参道というファッションが入り乱れた街の中で、それぞれの個性を生かしつつも以前からそこにいたように3人の姿は馴染んでいた。
それはつまり、自分という存在がそこになくても、3人の姿は完結している。そんな現実を突きつけられたような気がした。
「ねぇ、後で私に似合う服選んでくれないかな?」
特集記事を占拠していたお洒落なカフェに入り、念願のパンケーキにありつきながら、春香はおずおずと切り出した。
「なんでよ、春香いつも自分で選んだ服着てるじゃん」
「そうそう。みんな服の系統違うし、自分で好きな服買うのが一番じゃない?」
佳代子は沙織の服を見やると、たしかにみんな違うわ、と笑った。
「そうだけど…。たまには3人のセンスを取り入れてみたいなーって!」
「わたし春香のファッション好きだけどな~」
上目遣いで春香を見上げる朱莉に、沙織も首を縦に振ることで同意のポーズをとった。
「別に取り入れるのは構わないけどさ。自分の趣味に合わせて取り入れればよくない?」
残りのクリームを口に含みながら、たしかに、と顔を合わせる佳代子と朱莉。
正論だ。正論であるけれども、それがどれだけ難しいことなのか、春香だけが知っているようで悲しくなった。彼女たちは、ブラックホールの渦にのまれる不安など持ち合わせていない。そんな些細な違いが、3人をまるで別次元の人間であるかのように思えた。
・・・・・・・・・
夕日がビルに反射する頃にはチェックした店に行きつくし、自然と会はお開きとなった。あてもないので、とりあえずJRで新宿駅まで向かい中央線へと乗り換える。橙色とグレーの車体に焼けるような赤が反射して、その強烈な光は窓側に立つ春香の足元から影という分身を作り出した。
静かに浮かび上がった黒い塊は、もぞもぞと動き出したかと思えば伸びていき、やがて人の形のようになって、揺れた。
まだ帰ってはいけない。
そんな声が聞こえたような気がして、見上げると黒い影は消えて、正面のドアが左右に開いた。入り込んでくる人の隙間から垣間見える白に、立体的に浮かびあがる「立川」の文字。春香は思わず人の流れと逆行して歩き出した。